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2030年の「働く」を考える

オピニオン#36 筒井先生(後編) 2016/9/20 正社員の労働時間を短くしない限り共働きの家事・ケアワーク問題は解決しないでしょう 立命館大学 産業社会学部 教授 筒井淳也氏

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社会視点「男性の家事・ケアワーク参加」だけでは、共働き家族の家事・ケアワーク問題は解決できません。
社会視点ワーク・ライフ・バランスの実現には、中小企業倒産のリスクがあります。
社会視点共働き社会を創るために第一に手掛けるべきなのは、正社員の労働時間の削減です。

共働き家族の家事・ケアワーク問題では
「日本独自の解決方法」を見出す必要があります

それでは、共働き社会を迎える上での問題について、詳しくお聞かせください。

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 最も大きな問題は、今の日本社会では、たとえ夫が家事・育児・介護にかなり協力的だとしても、それだけでは足りないということです。「男性の家事・ケアワーク(育児・介護)参加」だけでは、共働き家族の家事・ケアワークがうまく回らないのです。特に、女性が仕事と家事・ケアワークをなかなか両立できません。ですから、共働き家族の多くは、育児・介護などの一部分を「ケアワーカー」に頼る必要があります。しかし、現代日本では、都市部を中心に、保育士・介護士などのケアワーカー不足が問題になっていますから、共働き家族は十分な協力を得られない可能性があります。それに、外部ケアワーカーは多くが民間企業に所属しており、それなりの費用がかかります。つまり、現状では、共働き家族が夫婦だけで仕事と家事・ケアワークを十分に両立できる状況にはないのです。このままでは、共働き社会はなかなか広まらないでしょう。

 他国を見ると、アメリカは移民が多く、所得格差が大きいために、ナニー(乳母)をはじめとして低賃金で働くケアワーカーが大勢おり、共働き夫婦はそれで何とかしています。とはいっても、ケアワーカーの経費はそれなりにかかるので、アメリカは子どもができた途端に夫婦の生活・経済が大変になる社会です。特に、低所得者層の子持ち夫婦やシングルマザーの貧困化が問題となっています。一方、スウェーデンでは女性の多くが公務員で、育児休業などを取りやすい環境にあります。その上、育児や介護などのケアサービスのほとんどを公的機関が提供しているので、共働き夫婦でも仕事と家事・ケアワークの両立がさほど難しくありません。ただし、その分だけ税金が高いわけです。いずれも短所はありますが、それぞれ対応策が練られています。

 翻って日本を見ると、アメリカともスウェーデンともかなり事情が違います。日本には、他人を家に入れたがらない文化がいつの間にかでき上がりましたから、乳母やベビーシッターを使う家庭が増えるとは考えにくいでしょう。また、日本は、同レベルの経済水準の国と比べると公務員が少ないこともあって、女性の多くが民間に活躍の場を求めています。それから、先ほども触れたように、ケアワーカーのほとんどが民間で働いています。公的機関も一部でケアワークを行っており、保育所には政府からの補助金が入っていますが、スウェーデンのような状況ではありません。ですから、どちらかの国を表面的に真似しても、決してうまくいかないでしょう。日本独自の解決方法を見出す必要があります。

では、日本の共働き家族はどうしたらよいのでしょうか。

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 両親など家族・親戚のサポートを得て、夫婦だけでは対応しきれない家事・ケアワークを助けてもらっている家庭は多いと思います。これで対応できる家庭はよいでしょう。問題は、家族・親戚のサポートが得られない共働き夫婦です。こうした夫婦へのサービスとして、子育てが終わった40~60代の専業主婦・パート主婦の皆さんにケアワーカーになっていただくというのは、有力な解決策の1つだと思います。ただし、これから共働き社会化が進めば、女性も高い給与を求めるようになりますから、低賃金のケアワーカーに就業する方は減っていく可能性が高く、長期的な解決策にはならないかもしれません。

 介護ロボットは、しばらくは現実的な解決策にはならないでしょう。何しろ高いのです。現状では、介護コストを上げることになりかねません。介護だけでなく、医療の世界などでも顕著ですが、実は技術革新は、コスト上昇の大きな要因となるのです。それに、家事やケアワークは、なかなか自動化・機械化しにくい分野です。2015年、大手電機メーカーらが「全自動洗濯物おりたたみ機」を試作しましたが、試作機は一部屋くらいのサイズがあり、服1枚を5~10分でたたみます。洗濯物たたみ1つとっても、自動化・機械化されるのは当分先のことになりそうです。

 自動化が難しいということは、経済的コストがなかなか下がらないということです。ケアワークは、技術発展が大幅に労働量を減らすことがないタイプの労働なのです。つまり、民間がケアワークを代行する限り、サービス価格が大きく下がることはなく、どうしても利用できる家族と利用できない家族の差が出てしまうのです。それでは公平な社会とはいえません。私自身は、もし日本の財政が許すなら、スウェーデンなどのように、ケアワークに対する公的資金の投入をもっと大規模に行うべきだと考えています。やはり、公的サポートが最も公平な手段ですから。

家事のなかには、男性が関わりやすいものと
なかなか参入しにくいものがあります

しかし、日本では、そもそも男性の家事・ケアワーク参加自体に問題があるように思います。

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 おっしゃるとおりです。日本人男性の家事・ケアワーク参加はまだまだ足りないのが現状です。男性の意識変化は起こっていますが、緩やかな変化に留まっています。ただし、家事は昔から基本的には女性の仕事だったという一面を見逃すことはできません。江戸時代の農家などでも、家事や育児、裁縫や糸よりなどは、基本的には女性が担当していました。また、先にご説明した「同性ネットワーク」が存在し、親や親戚、近隣の女性が家事・ケアワークを助け合っていました。そこが現代と大きく違う点かもしれません。面白いのは、裁縫や糸よりといった仕事も、お金を稼げるようになると男性が前面に出てくる点です。今ほど明確ではなかったものの、男性は賃金を稼ぎ、女性は無償労働を行う傾向は昔からあったのです。これを「性別分業」と呼びます。

 また、性別分業とは別に、「性別職域分離」というものがあります。例えば、今でも消防士はほとんどが男性で、看護師の多くは女性です。このように特定職業の性別がどうしても偏ってしまうことを、性別職域分離と呼びます。性別職域分離は家事のなかにもあります。現代の日本の家庭では、男性は一般的に、ゴミ捨てや風呂掃除など、スキルが必要ない家事を担当する傾向にあります。反対に、料理や洗濯など、ルーティンワークでスキルが必要なものには、男性がなかなか参入しにくいという現実があるのです。家事は意外と難しいのです。

 それから、家事に関しては、自分たちの生活水準を上げるために、あえて手間ひまをかけているという側面もあります。例えば、冷凍食品をたくさん使えば、料理はもっと手軽にできるのですが、日本では料理は家庭で作るものという規範が強い。家事がなかなか楽にならない一因は、こうしたところにもあります。日本人男性の家事・ケアワーク参加が増える必要はあるのですが、そこには複雑な問題がいろいろとあることもまた確かなのです。

労働時間が少なく、転勤のない正社員になれれば
共働き家族が仕事と家事・ケアワークを両立できるのでは

最後に、共働き夫婦と「働く」のこれからについて語っていただければと思います。

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 今後について、大きく2つのことをお話ししたいと思います。どちらも重要なことです。

 1つ目は、最近、「ワーク・ライフ・バランス」が大切だとよくいわれていることです。それは、私もそのとおりだと思います。ワーク・ライフ・バランスを実現しない限り、共働き夫婦は仕事と家事・ケアワークを両立できないでしょう。

 ただし、ワーク・ライフ・バランスを実現していく上で、1つ気にかかることがあるのです。それは、これから中小企業にもワーク・ライフ・バランスの実現を厳しく求めていったとき、企業体力がないために、倒産してしまう企業がいくつも出るのではないかということです。これはあくまでも仮説で、実証できているわけではありません。しかし、ヨーロッパでは企業横断的な賃金の平準化が、生産性の低い中小企業を市場から退出させるということが起きています。企業への外的な介入が、規模の小さな企業に不利に働くことは予測できることです。ワーク・ライフ・バランスに関する介入でも、同じことが起こりえます。ヨーロッパでは、企業の倒産によって失業した労働者を政府が救いますが、日本では同様の仕組みが弱いのが問題です。

 また、今のところ、日本企業のワーク・ライフ・バランスの成功例はほとんどが大企業です。ワーク・ライフ・バランスの実現には、中小企業倒産のリスクがあることを頭に入れておかなくてはならないと思います。個人的には、人に優しい社会というのは、大企業中心の社会になるのではないかという予感があります。

 2つ目は、日本が共働き社会を無理なく実現するには、日本企業の正社員の「3つの無限定性」を制限する必要があるということです。3つの無限定性とは、「職務内容の無限定性」「勤務地の無限定性」「労働時間の無限定性」です。つまり、今の日本企業は、労働者の仕事内容や勤務地を決めることができる上に、必要に応じて残業させることができるのです。労働時間は週40時間までと決まっているものの、正社員なら残業があるのが当たり前となっています。

 現状では、夫婦の両方がこの3つの条件を受け入れて正社員で働くと、勤務時間が長すぎるために、2人で家事・ケアワークに対応するのが極めて難しくなります。また、2人ともに転勤がありうる状況だと、どうしても2人一緒にいられない可能性が出てきます。そのために女性が正社員を辞めてしまい、アルバイト・パート・派遣社員になるケースが後を絶たないのです。これが従来の日本社会の雇用状況でした。

 ですから、3つの無限定性を制限する必要があります。特に手っ取り早く行うべきなのが、「正社員の労働時間削減」です。なぜなら、結局、正社員の労働時間を短くしない限り、共働き家族の家事・ケアワーク問題は解決しないからです。もし仮に、夫婦の労働時間が短くなって、かつ男性の家事・ケアワーク参加が盛んになれば、仕事と家事・ケアワークを両立できる女性が増えてくるでしょう。正社員の労働時間削減こそが、私の考える「日本独自の解決方法」の第一歩です。

 企業にとって、従業員の労働時間を短くするのは大変なことかもしれませんが、そのくらい革命的な転換を行わない限り、多くの夫婦が両方とも同じように働く社会を実現するのは難しいと思います。正社員の労働時間削減だけでは足りないかもしれませんが、しかし、第一に手掛けるべきなのは、この施策だと私は考えています。

 なお、いま政府が掲げている「同一労働同一賃金」にも可能性があると思いますが、ただ、この制度には副作用があることに注意しなければなりません。というのは、現在、同一労働同一賃金を導入したEU諸国の若年者失業率が高まっており、社会問題となっているのです。日本でも同一労働同一賃金を導入すれば、同じように若者の失業率が高まるおそれがあります。

 それから、勤務地の限定も重要です。先ほどもお伝えしたとおり、転勤がありうる正社員雇用では共働きが難しいからです。また、転勤を減らすことができれば、先に述べた「地域の同性ネットワーク」がより前面に出てくる可能性があります。そうなれば、地域の女性同士の助け合いが盛んになるはずです。この助け合いが、共働き社会の家事・ケアワーク問題の有力な解決策になる可能性も十分にあると思います。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬 写真:伊藤誠

筒井淳也氏プロフィール

立命館大学 産業社会学部 教授

1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。博士(社会学)。専門は家族社会学・計量社会学。著書に『結婚と家族のこれから:共働き社会の限界』(光文社)、『仕事と家族:日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中央公論新社)、『親密性の社会学』(世界思想社)などがある。

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