オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#35 筒井先生(前編) 2016/9/5 今後の日本が迎える「共働き社会」には経済格差が広がるリスクがあります 立命館大学 産業社会学部 教授 筒井淳也氏

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社会視点日本の「共働き社会化」は止まらないでしょう。
社会視点今後、「地域の同性ネットワーク」が力をもってくる可能性があります。
社会視点現代日本には、家族だけを頼りにする「家族主義」からの脱却が必要です。

日本が共働き社会を迎える上で
乗り越えなくてはならない問題がいくつかあります

『仕事と家族』(中央公論新社)、『結婚と家族のこれから』(光文社)の2冊を立て続けに書かれた筒井先生に、率直に伺いたいと思います。これから日本の家族と「働くこと」とは、どのようになっていくのでしょうか。

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 間違いないのは、今まで以上に「共働き社会」になっていくということです。これは世界的な現象で、後戻りしている国はありません。日本でも、これから夫婦が同じように働く共働き世帯がますます増えていくでしょう。なぜかといえば、1つ目に、男女差別は経済効率が悪いからです。利益を優先するなら、雇用に男女差をつける必要はまったくありません。性差ではなく、能力差で給与や雇用を決めていくのが、合理的な判断というものです。2つ目に、教育の影響があります。現代の男女平等の教育を受けていれば、女性が働きたいと思うのは当たり前で、企業も優秀な女性を雇用するのが普通です。そのため、共働き社会化は止まらないでしょう。ただし、日本が共働き社会を迎える上で、乗り越えなくてはならない問題がいくつかあります。これらの問題のために、日本では共働き世帯がなかなか増えてこなかったのです。これについては、後で詳しく触れます。

 共働き社会は、必ず「同類婚」とセットです。共働き社会化が進めば、似た者同士の結婚がさらに増えます。特に、所得の高い男性と所得の高い女性から順に結婚するケースが増えていきます。これを「アソータティブ・メイティング」と呼びます。アソータティブ・メイティングは、所得の高い男女にとっては合理的な判断ですが、一方では経済格差を生む原因となりかねません。つまり、まだ日本ではあまり問題にされていませんが、共働き社会が広まると、格差が広がるおそれがあるのです。事実、アメリカではすでに同類婚で経済格差が広がっているという実証結果がありますし、日本でもその兆しがあると感じています。これまでは、所得の高い男性と結婚した女性が専業主婦になる一方で、所得の低い男性と結婚した女性はアルバイト・パートで働く傾向があったため、バランスがとれていたのですが、女性が男性と同じように働ける環境が整えば、所得格差は広がる一方になるのです。しかし、現代は自由婚社会ですから、同類婚を政治介入などで止めるわけにはいきません。共働き社会にはこうしたリスクもあるということに気をつける必要があります。

「家族の絆」が最も重視される社会の前には
「地域の同性ネットワーク」が強い社会がありました

その他には、どのような変化が起こりえるでしょうか。

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 「生涯未婚率」は、おそらくもう少し上がるでしょう。共働き家族だけでなく、シングルの男女もさらに増えると思われます。なぜかといえば、特に正社員で働く女性にとって、結婚が割の合わないものになってきているからです。主に高学歴女性が経済的に自立し、結婚のハードルを上げたのです。しかし、未婚率の上昇自体は、決して不思議なことではありません。実をいえば、戦後日本の「皆婚社会」は、歴史的に見ればとても珍しいものだったのです。皆婚社会というのは、経済が好調で格差が縮小し、中産階級の層が増えて分厚くなったときにだけ起こる現象で、景気が悪くなれば、未婚率が上がるのはごく自然なことです。戦後以前に戻るだけで、あまり驚くことではありません。

 ただし、若者の結婚願望が減っているわけではないことには、注意しなければなりません。つまり、「結婚したいが、できない社会」になってきているのです。これは問題です。未婚率を無理に下げる必要はないかもしれませんが、結婚・出産を望む人がそれを叶えられる社会を実現することは大事だと思います。そのためには、やはり共働き社会の実現が重要です。特に女性が、出産・育児を経た後に元の仕事に復帰できる、あるいは男性と同じレベルの賃金をもらえる仕事に再就職できることが、結婚願望を叶える上で有効だと考えています。

 もう1つ、特に地域を中心にして、これからは「夫婦・家族の絆が弱い社会」になる可能性があります。以前、地域社会には「男たちの文化」「女たちの文化」「子どもたちの文化」があって、男は男同士、女は女同士、子どもは子どもで一緒に行動していました。今も、そうしたつながりが残っている地域は珍しくありません。家事やケアワークなどは、男に頼るのではなく、女同士で助け合うのです。こうした社会では、夫婦一緒に行動することはあまり多くありません。現代は「家族の絆」が最も重視される社会ですが、このような家族単位の社会は決して古いものではないのです。以前には、家族以外にも頼れる「地域の同性ネットワーク」があり、夫婦はそれぞれのネットワークを通じて地域社会に溶け込んでいるのが普通でした。

 私は今後、日本はふたたびそうした社会に戻る可能性があると考えていますが、それには条件が1つあります。それは「人の地理的な移動が減ること」です。引っ越しをするとき、友達を連れていくわけにはいきません。あくまで家族単位でしか移動できませんから、移動の多い社会だと、どうしても家族依存になります。転勤が多いワークスタイルが変わらない限り、地理的移動は減らず、地域の同性ネットワークが強まることはないのです。ですから、結局は当分の間、日本ではやはり夫婦・家族の絆が重要になると思います。ただし、後ほど述べますが、大企業が従業員の勤務地を限定するようになれば、あるいは地域での雇用が全国的に活性化すれば、地域の同性ネットワークが力をもってくるかもしれません。

私たちは、「家族がなくても生活できる社会」の方が
家族を積極的に楽しく創っていくのではないでしょうか

「共働き社会」「同類婚」「生涯未婚率」「夫婦・家族の絆が弱い社会」と、4つのキーワードを挙げていただきました。気になったのは、「夫婦・家族の絆が弱い社会」です。これは果たして良いことなのでしょうか。

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 例えば、多くの女性が、女性同士の買い物や井戸端会議、あるいは女子会などを楽しんでいます。男性たちは男性たちで、仕事の後、同僚と居酒屋で飲んだりするのが好きです。Facebookを見ると、私の地元では、いつも私の同級生が男同士で飲んでいます。人間というのは、もちろん異性間の恋愛も楽しみますが、同性同士でいる方が楽しいと感じることもあるでしょう。それに、男女カップルを前提とした社会だと、性的マイノリティの人たちにとっても生きづらいところがあります。

 私の研究のおおもとにある問いは、「家族」や「絆」は全面的に良いものなのかということです。冒頭で触れたように、同類婚は経済格差を広げる恐れがあります。トマ・ピケティは『21世紀の資本』で、世界的に見た場合には所得格差ではなく、資産の格差こそが経済格差をもたらしてきた元凶だ、と論じていますが、その資産格差を生むのも家族です。また、絆を利用したコネ入学、コネ入社は、不公平だと批判の的になります。家族や絆は必要なものですが、時に格差や不公平をもたらすものでもあるのです。

 私は、現代日本に必要なのは、家族だけを頼りにする「家族主義」からの脱却だと考えています。なぜなら、家族の絆を第一と考え、家族をセイフティ・ネットにする社会では、家族が失敗したときのリスクが大きくなってしまうからです。それは、家族の善し悪しで格差が広がる不公平な社会ではないかと思うのです。むしろ、政府のサポートを背景に、さまざまな形でネットワークが根づいていて、「家族がなくても生活できる社会」になった方が、人々は家族の失敗を恐れず、家族を積極的に楽しく創っていくのではないでしょうか。私が「夫婦・家族の絆が弱い社会」をキーワードに挙げたのには、以上のような理由があります。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬 写真:伊藤誠

筒井淳也氏プロフィール

立命館大学 産業社会学部 教授

1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。博士(社会学)。専門は家族社会学・計量社会学。著書に『結婚と家族のこれから:共働き社会の限界』(光文社)、『仕事と家族:日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中央公論新社)、『親密性の社会学』(世界思想社)などがある。

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