オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#33 太田氏(前編) 2016/8/8 国から地方に権限を委譲することでイノベーションが加速するのでは 総務大臣補佐官 太田直樹氏

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社会視点「皆があまり働かなくてもよくて、幸せに生活する社会」をどうしたら実現できるかを考えることが
大切です。
社会視点自分の住む市町村を、住民が自分たちの手で運営しているという感覚をもつことが大切です。
社会視点プロ首長のなかに、地域外の企業経営者などからの転身者が含まれていることが当たり前になるとよいでしょう。

「4つの答え」を満たしたとき、私たちは「皆があまり働かなくてもよくて、
幸せに生活する社会」に進めるのでは

まず簡単に自己紹介をお願いします。

 現在は総務大臣補佐官として、情報通信と地方創生の政策づくりと実行に関わっています。この仕事をしてみて気づいたのは、この2分野は今後密接に関係し合っていくということです。例えば、インターネットは今のところ、企業も雇用も東京などの都市に集中していますが、IoT・ビッグデータ・AIといった最先端技術を導入するプロジェクトは、地方における医療・農業・漁業・教育などで大きな可能性が見えています。なぜそうなのかについては、後ほどお話しさせてください。

では、早速本題に入りたいと思います。「AIやロボットが仕事を奪う」とよく言われますが、太田さんは、情報通信技術と働くことの関係、地方創生と働くことの関係が、これからどのようになっていくと考えていますか。

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 まず前提として、未来のことは「シナリオ」で考えるのがよいと思います。なぜかといえば、「未来はこうなる」と予想したところでほとんど当たりませんから、あまり意味がないのに対して、いくつかの未来シナリオを考えると、「こうありたい」というシナリオに向かって行動を起こしていけるからです。

 例えば、仕事と社会の関係でいえば、「皆があまり働かなくてもよくて、幸せに生活する社会」「皆があまり働かなくてもよくなったけれど、不幸せな社会」「一部の人はあまり働かなくなったけれど、その他大勢は相変わらず安い賃金で働いている社会」といったシナリオを立てることができます。考えられるシナリオのうち、最も良いのは「皆があまり働かなくてもよくて、幸せに生活する社会」でしょう。1日6時間くらい働いて、その後、カフェや酒場で多様な人が集まって話ができる社会。あるいは、週3日くらい都市(自宅近くのシェアオフィス)で働いて、あとは田舎のシェアオフィスで地域の仕事をしている社会。こういったシナリオをどうしたら実現できるかを考えています。

 こうしたシナリオを作るには「問い」がとても大事ですが、そこでお勧めのものがあります。それは、米国の「National Intelligence Council(国家情報会議、以下NIC)」が出した4つの問いです。NICは、定期的にグローバルトレンドを発表しています。現時点で一番新しいのは、オバマ大統領が就任した2012年に発表した「グローバルトレンド2030」で、日本では『2030年 世界はこう変わる』(講談社)という本になりました。今年2016年、彼らは新たに「グローバルトレンド2035」を出す予定ですが、それを発表する前に、広くオープンに議論したい問いとして、次に紹介する問いを公表しています。私は、この4つにどう答えるかによって、未来シナリオが変わってくると考えています。

・Will power continue to diffuse or concentrate in the future?
● 将来、権力は集中するでしょうか、それとも分散するでしょうか?

・To what extent will further advances in communications technology transform societies and the relationship between citizens and governments?
● コミュニケーション技術のさらなる進歩は、社会を、市民と行政の関係をどの程度変えるでしょうか?

・How will automation and robotics impact human employment and economies?
● 自動化とロボットは雇用や経済にどのような影響を与えるでしょうか?

・Which currently unresolved questions or uncertainties regarding society, economy, and politics are likely to be most game-changing through 2035?
● 社会、経済、政治における未解決な問題や不確実性のうち、2035年に向けて、最も大きく世界を変える可能性があるのはどれでしょうか?

太田さんは、この問いにどう答えるのですか?

 その前にぜひ注目していただきたいのは、4つの問いのうち、2つがテクノロジーに関するものであることです。テクノロジーが社会や仕事や生活のあり方を大きく変える時代に、われわれは生きているのです。そのことを踏まえた上で、「どうなるか?」「どれか?」ではなく、「どうなるのがよいか?」で順に答えると、こうなります。

● 将来、権力は集中するでしょうか、それとも分散するでしょうか?
権力が分散し、個人やコミュニティができるだけ自律している状態、情報の流通が国や企業の都合によって制約されない状態のほうがよい。ただし、それはリーダーには厳しい環境かもしれない。

● コミュニケーション技術のさらなる進歩は、社会を、市民と行政の関係をどの程度変えるでしょうか?
コミュニケーション技術のさらなる進歩は、国や企業と個人の間の情報格差をなくし、個人に力を与える。そこで、行政の見える化や透明化が進み、劇場型政治や「サービス提供者(行政)―お客様(個人)の関係」がなくなっていき、市民参加型の行政が実現できるとよい。言い換えれば、衆愚ではなく、「衆知」になっている状態がよい。

● 自動化とロボットは雇用や経済にどのような影響を与えるでしょうか?
情報がオープンな形で活用され、技術進化が生産性の過剰をもたらして、稼ぐ仕事、給与をもらう仕事が縮小すると同時に、仕事や生活に対する価値観が変わるとよい

● 社会、経済、政治における未解決な問題や不確実性のうち、2035年に向けて、最も大きく世界を変える可能性があるのはどれでしょうか?
この問いが最も難しい。革新が社会の課題を解決しないというあきらめが蔓延し、ポピュリズムが広がり、政財界のリーダーへの信頼が低下していくなかで、コミュニティが食べること(自給自足、物々交換の経済)と死ぬこと(家で最期を迎える人を増やすこと)を取り戻すことが、静かに変化の波を広げていくとよい

 この4つの答えを満たしたとき、私たちは「皆があまり働かなくてもよくて、幸せに生活する社会」に進めるのではないかと思っています。逆に言えば、違う答えになると、格差問題が一向に解消されない社会、様々な価値を生み出すデータの使用に制限がかかる社会などの不幸せな社会ができ上がっていく可能性があると考えています。

例えば、改革派のプロ首長がたくさん出てくると、
日本は地方から大きく変わる可能性があります

太田さんの答えについて、もう少し詳しく伺えればと思います。まず「権力の分散」ですが、国が権力をもってコントロールすべきことはないのでしょうか。

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 もちろん、国がすべての権限を放棄すればよいと言っているわけではありません。防衛や防災など、国にしかできないことはいくつもあります。しかし、私は、国から地方に権限を委譲することで、イノベーションが加速するという仮説を立てています。これは2番目の問い「市民と行政の関係」とも大きく関係するのですが、1億2000万人の日本国よりも、例えば約100万人の千葉市、あるいは約12万人の会津若松市で合意して、さまざまな政策を決めていった方が、住民一人ひとりの当事者意識が生まれやすくなると思うのです。自分の住む市町村を自分たちの手で運営しているという感覚が大切で、国が決めると、その感覚がもちにくくなることが問題です。これはAIやロボットといったテクノロジーを活用していく際に、とても重要になります。

 例えば、会津若松市では「スマートシティ構想」の取組みが3年前から進められています。特徴的なのは、市民の個人データが一般社団法人に預けられており、データを解析することによって、医療・エネルギー・教育・行政サービスなどの質を上げ、効率化するサービスが、市民、大学、企業などが連携する形で展開されていることです。さらに全国でも珍しいのは、こうしたテクノロジーの活用について、議会や医師会などの諸団体も含めてコンセンサスがとれていることです。一方で、国がこうした施策を行うには、高いハードルがあります。12万人の自治体なら、自分たちの町の未来のために自分の個人情報を預けようという合意ができるのですが、1億2000万人の国家規模となると、さまざまな声があって萎縮したり、止まったりしてしまう可能性が高いでしょう。個人情報保護やセキュリティ観点でのルールは国主導で整備されていますが、データ活用の推進については、今後コミュニティによって判断が異なってくると思います。

 それから、最近よく知られるようになってきましたが、千葉市は「ちばレポ」という先進的な市民協働型の取り組みを行っています。まず、市民の方が「道路が傷んでいる」「公園の遊具が壊れている」といった困った課題を見つけたら、スマートフォンを使ってちばレポにレポートします。すると、その課題がちばレポに参加する全市民と市役所に共有されるのです。そのなかで、市民だけで対応できる課題は市民の間で対応し、市役所が関わらなければならないものは市役所が対応して、合理的、効率的な解決を目指すという仕組みです。2014年から始まっていて、現在は約100万人の市民のうち、3万人ほどがレポーター・サポーターとして登録しており、活発にレポートと課題解決がなされています。こうした動きも、国単位では難しいでしょう。自分の暮らす町だからこそ、自分たちでよくしようと参加する方が多く出てくるわけです。

 このようにして個人やコミュニティが力をもち、自治体がコミュニケーション技術を使って、地域のさまざまな課題に市民参加を本格的に促していくようになると、テクノロジーを活用したイノベーションが加速するでしょう。さらに注目したいのは、こうした動きが、行政コストを下げることにつながるということです。行政コストが下がれば、住民税が下がるでしょう。つまり、権限が委譲され、行政の透明度が増し、住民参加型の行政を実現した自治体は、税金が安くなるはずなのです。ですから、将来的には、税金が安く、行政サービスが優れているけれど、その代わりに住民に求められる参加型行政行動があって、それを義務として行わなければならないという自治体が出てくる可能性があると思います。突拍子もない話に聞こえるかもしれませんが、以前、ある市長とかなり真剣にこの議論をしたことがあります。これは、少なくとも選択肢になりうる未来なのです。

 もちろん、様々な反論があることは承知しています。ここでお話ししているのは、未来のシナリオから逆算したイノベーションの可能性です。また、すべての自治体がそうなるのではなく、税金が高く、その分(市民=お客様としての)行政サービスが充実しているところも当然出てくるでしょう。住民が、主体的に住む町を選べばよいことです。

そうしたときに大事になるのは何でしょうか。

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 まず、一般社団法人やNPO、あるいは包括連携などの「中間団体」の存在が重要になります。個人が力をもち、権利を主張するなかで、中間団体が「公益」を推進する母体となるのです。例えば、先ほどもお伝えしたとおり、会津若松市では、市民のためにデータをいかに活用するかを一般社団法人が考えています。今後はこうした団体が増えるでしょう。また、市役所、町役場、村役場などの「行政側の意識」が変わる必要があります。ちばレポは熊谷俊人市長が率先して推進した施策ですが、土木課をはじめとする市役所内の意識改革が大きなポイントになったと聞いています。ちばレポのような施策は、市民と行政が同じ土俵に立たなくてはできません。市民はお客様で、行政がサービスをするという従来型の関係を脱して、行政と市民が一緒になって町を創っていく必要があるのです。

 それから、なんと言っても、今は成功モデルを作る段階ですから「トップ」が重要です。例えば、いくつもの町を変えていくプロ経営者ならぬ「プロ首長」がいてもよいと思うのです。今は、都道府県知事や政令指定都市などを除けば、地元から出ない限り、候補者は選挙に勝てませんが、その状況が変わり、2期8年で徹底的な透明化と住民参加型施策を進め、イノベーションを加速し、行政コストと税金を下げるロールモデルになる首長が出て、さまざまな市町村を渡り歩くようになると、日本の地方は大きく変わる可能性があります。そうしたプロ首長のなかに、地域外の企業経営者などからの転身者が含まれているのも、ぜひ当たり前になってほしいですね。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬 写真:平山諭

太田直樹氏プロフィール

総務大臣補佐官

東京大学文学部卒。ロンドン大学経営学修士(MBA)。モニターカンパニー、ボストン コンサルティング グループ シニア・パートナーを経て現職。総務大臣補佐官として、総務大臣の地方創生、ICT/IoTの政策立案・実行を補佐している。コンサルタント時代は、ハイテク、情報通信、製造業を中心に、組織戦略策定・実行支援、企業ビジョン、事業開発、業務プロセス改革などのプロジェクトを数多く手がけている。

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