みんなで考える

2030年の「働く」を考える

ボス充マネジャー#3 紀室氏

みんなで考える#2 オピニオン#39 2019/6/24

今の日本社会に適したライフシフトには
4つの法則があります

ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO 大野誠一氏

オピニオン記事のトップへ

みんなで考えるのトップへ

社会視点リンダ・グラットンの考えをそのまま日本に輸入することはできませんが、日本にも人生100年時代はやって来ます。どうにかしなくてはなりません。
企業視点私たちは、「5つのステージを通る」「旅の仲間と交わる」「自分の価値軸に気づく」「変身資産を活かす」というライフシフトの4つの法則を作りました。
個人視点 「自分の価値軸」と「今を生きること」を最も大切にすれば、きっと人生100年時代を楽しめます。

「日本社会に適したライフシフトの法則」を自分たちで作って広めようとしています

なぜライフシフト・ジャパンを設立したのですか?

写真1

 取締役会長の安藤哲也と知り合ったのは、もう20年近く前のことです。私が総合文芸誌「ダ・ヴィンチ」の編集長をしていたときに、彼は千駄木にある有名な独立系小書店・往来堂書店の店長をしていました。それで、私が彼の店の様子を見るために遊びに行った。それ以来の縁です。2017年、久々に2人で会ったときに、「人生100年時代」の話で盛り上がり、何か一緒にやろうという話になった。これが設立のきっかけです。彼が川島高之(取締役副会長)を、私が豊田義博(取締役CRO/ライフシフト研究所 所長)を連れてきて、4人が中心となってライフシフト・ジャパンを立ち上げました。

 私たちがライフシフトについて取り組もうと思ったのは、2人とも、2016年10月に日本語訳が出たリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)に衝撃を受けたからです。特に、「人生100年時代」という言葉はインパクトが強かった。そう感じたのは自分たちだけではないと思います。例えば最近、私たちは若い世代の人たちとたくさん会っていますが、彼らの多くが、自分たちは70代、80代まで働き続けるのかもしれないと予感しています。人生100年時代が来るという認識は、日本社会全体に急速に広まりつつあるように感じますね。

 人生の主人公として、「100年ライフ」を楽しめる社会へ。

 これが、ライフシフト・ジャパンが掲げるミッションです。100年ライフを楽しむ人を増やすためには、まず日本社会に適したライフシフトを発見し、それを広めなくてはなりません。私たちは今、まさにそのことに取り組んでいる最中です。具体的には、日本で一足先にライフシフトを実践する「ライフシフター」たちの発掘とプロモーション、日本社会に適した「ライフシフトの法則」の発見と構築、ワークショップやセルフアセスメントツールの開発・展開、政策提言などを行っています。ライフシフターの皆さんへのインタビューや、ライフシフトの法則などは、コーポレートサイトに随時掲載しています。また、2018年12月には、22人のライフシフターの転身ストーリーから分かったことを『実践! 50歳からのライフシフト術』(NHK出版)にまとめました。こうしたメディア展開も、積極的に行っていこうと考えています。

ライフシフト・ジャパンサイト
ライフシフト・ジャパンWebサイト(https://lifeshiftjapan.jp/

なぜ、日本社会に適したライフシフトが必要なのでしょうか?

 英国人であるリンダ・グラットンが提唱するライフシフトそのままでは、現代の日本社会にはスムーズに受け入れられないと思うからです。例えば彼女は、組織に雇われず、独立した立場で生産的な活動に携わる「インディペンデント・プロデューサー」や、異なる種類の活動を同時に行う「ポートフォリオ・ワーカー」といった、新たな生き方・働き方の選択肢を提示しています。また、2012年に出版された『ワーク・シフト』(プレジデント社)では、高度な専門知識と技能を連続的に習得していく「連続スペシャリスト」という働き方にシフトすることも勧めています。

 しかし、正直に言って、現代日本でインディペンデント・プロデューサー、ポートフォリオ・ワーカー、連続スペシャリストのような働き方が、いきなり主流派になる可能性は低いでしょう。なぜなら、いまだに年功序列・終身雇用などの「昭和モデル」が色濃く残る日本社会では、今も1社で長く働くことが美徳であったり、仕事や会社をどんどん変えていくことをあまりポジティブに取らなかったりする面が強いからです。また、フリーランスや起業家なども、まだまだ一般的ではありません。リンダ・グラットン型の新たな働き方は、働く会社や仕事をどんどん変えたり、フリーランスで働いたり、起業したりしやすい社会を前提にしています。そして、日本はまだそうなっていません。

 つまり、リンダ・グラットンの考えをそのまま今の日本に輸入することはできないのです。でも、日本にも人生100年時代はやって来る。どうにかしなくてはなりません。それなら、日本社会に適したライフシフトの法則を自分たちで作って広めたらよいのではないか。私たちはそう考えたのです。

ライフシフトは「価値軸の気づき・変容」がきっかけで起こるもの

ライフシフト・ジャパンの考える「ライフシフト」とは何ですか?

写真2

 私たちはこれまで、多くのライフシフターにインタビューしてきました。そして、彼・彼女たちに共通する「4つの法則」を発見しました。この法則は、日本で働く皆さんの多くにも納得していただけるもので、日本社会に適したライフシフトの法則だと自負しています。なお、この法則はまだブラッシュアップの最中で、今後さらに磨きをかけていきます。

●第一法則 5つのステージを通る
 ライフシフト・ストーリーには、5つのステージが登場します。このままでいいのか、何かおかしい、と「心が騒ぐ」ステージ。目的地は定かではないけれど、何かをやってみようと「旅に出る」ステージ。何かを手掛け、人と出会うなかで、どこを目指せばいいのかに気づく「自分と出会う」ステージ。目的地にたどり着くために、インプットや試行錯誤を重ねる「学びつくす」ステージ。そして、過去を活かし、かつ、過去を捨てて新たなことを軌道に乗せる「主人公になる」ステージ。この5つのステージを経て、人はライフシフトを果たすのです。

第一法則 5つのステージを通る
出典:ライフシフト・ジャパン ライフシフトの4つの法則

●第二法則 旅の仲間と交わる
 ライフシフト・ストーリーには、さまざまな旅の仲間が登場します。主人公に、目指すべき目的地を気づかせてくれる「使者」。目的地を目指して一緒に旅をしていく「ともだち」。前に進むために力を貸してくれる「支援者」。ものの考え方やあるべき姿を説いてくれる「師」。未来の姿やシーンを解き明かしてくれる「預言者」。目的地にたどり着くヒントやアイデアをもたらしてくれる「寄贈者」。前に進もうとするときに、その理由や本気度を問う「門番」。こうした「旅の仲間」がいて初めて、人は人生の主人公になるのです。

 なお、旅の仲間は人とは限りません。1冊の本が重要な師となることもありますし、身近な人の死、自身の病気といった人生のイベントが、意外な使者かもしれません。いずれにしても、私たちは旅の仲間と交わることでライフシフトをしていきます。

第二法則 旅の仲間と交わる
出典:ライフシフト・ジャパン ライフシフトの4つの法則

●第三法則 自分の価値軸に気づく
 ライフシフト・ストーリーの核心は、自分の価値軸に気づくこと。そして価値軸は人それぞれです。誰かのために役に立ちたい、何かに関わりたい、という「社会価値」。自分の志向や価値観、能力などを活かしたい、という「個性価値」。生きていく上で最も大切にしたいことを起点に働くことを見つめなおしたい、という「生活価値」。三つの視点が絡み合い、その人だけの価値軸が浮かび上がってきます。気づきの鍵は、子供のころから今日に至るまでの経験のなかに潜んでいます。自己との対話を通して、人は人生の主人公になるのです。

第三法則 自分の価値軸に気づく
出典:ライフシフト・ジャパン ライフシフトの4つの法則

●第四法則 変身資産を活かす
 変身資産とは、人生の途中で変化と新しいステージへの移行を成功させる意思と能力のこと。リンダ・グラットンが唱えた新しい概念です。ライフシフト・ストーリーを前に進めていくための鍵は、変身資産。私たちは、数々のインタビューなどを通じて、以下の10の変身資産を紡ぎ出しました。私たちは、それぞれのステージを呼び寄せ、次のステージへとコマを進めるなかで変身資産をさらに高めていくのです。

  • ○JUST DO IT……とにかくやってみること
  • ○LEARNABILITY……どんなことからも学んでいること
  • ○UNLEARNABILITY……学んだことを捨てられる勇気を持っていること
  • ○SOMETHING DIFFERENT……違和感を大切にしていること
  • ○UNIQUENESS……みんなと同じじゃなくても平気なこと
  • ○MULTI COMMUNITY……3つ以上のコミュニティに所属していること
  • ○SEAMLESS……有意義に公私混同していること
  • ○SELF ASSESSMENT……自分についてよく知っていること
  • ○TIME MANAGEMENT……自身の人生時間を自分でマネジメントしていること
  • ○FUN TO SHIFT……人生に起きる変化を楽しんでいること

第四法則 変身資産を活かす
出典:ライフシフト・ジャパン ライフシフトの4つの法則

そのなかでも、特に鍵となるのは何ですか?

 結局、ライフシフトは「価値軸の気づき・変容」がきっかけで起こることです。会社一筋の人生から夫婦で働く人生に変わったり、海外に飛び出して起業したり、定年退職後にまったく違う仕事に就いたりと、シフトの仕方は人それぞれなのですが、そこには必ず、自分の内側にある未知の価値軸に気づいたり、価値軸の変化に気づいたりするプロセスがあるのです。ですから、私たちはインタビューの際、価値軸の気づき・変容に注目するようにしています。つまり、「何を大事にするか」が変わることが、ライフシフトの肝なのです。

 ですから、転職や起業をしても、その前後で価値軸の気づき・変容が起きていなければ、ライフシフトとはいいません。当然ながら、世のなかにはライフシフトしていない転職・起業もたくさんあります。ライフシフトしているかどうかを分けるのは、そこに価値軸の気づき・変容があったかどうかです。

日本には「自分の人生を生きていない人」が多すぎます

今の日本のビジネス環境をどう見ていますか?

写真1

 特に気になることが5つほどあります。1つ目は、日本には依然として「会社の価値軸に依存するビジネスパーソン」があまりにも多い、ということです。例えば、日本の大企業では、今でも「支店長になりたい」と語る方が珍しくありません。それは、企業内のキャリアパスしか見えていないからです。また、少しでも地位が高い方が偉い、少しでも収入が多い方が偉い、という価値軸もいまだに根強いように感じます。このようにして、会社の価値軸に頼りっきりになっている方々は、これから苦労するでしょう。私たちは、そうした方を少しでも減らしたいのです。大切なのは、自己と対話して、自分のなかに眠る価値軸に気づくことです。

 2つ目は、全体的に言えば、「女性の方が男性よりもライフシフトに抵抗がない」ということです。なぜなら、女性は40代前半までに結婚・出産・育児・介護などのライフイベントを経験することが多く、そのなかで一時的に仕事や会社から離れる機会が多いからです。それらのライフイベントのなかで、彼女たちは自分の人生の可能性をいろいろと考えます。フルタイムで働く道、専業主婦になる道、時短や派遣で子育てとキャリアを両立する道。女性は、男性よりも生き方の選択肢が多い分、ライフシフトへの抵抗が少ないのです。実際、私たちの書籍やワークショップも、女性の方が概して反応がビビッドです。対して、日本の男性はキャリアと人生に変化が乏しく、価値軸をシフトする機会が少ないのが現状です。この状況を変えなくてはなりません。

 3つ目は、ここ数年の働き方改革によって、「働くことが悪になりつつある」ことです。働き方改革が始まってから、「働く時間は短い方がいい」「コスパの良い働き方がいい」という見方が急速に強化されました。その結果、仕事は苦しいものだ、キャリア志向はカッコ悪いものだ、というイメージが広まり、働くことの楽しさが忘れ去られようとしています。しかし、本当にそれでよいのでしょうか? 私たちは、「働くことは楽しい」「働くことはカッコいい」というイメージを取り戻したい。そして、働くことをポジティブなものにしたい、という想いがあります。

 4つ目は、「日本人の多くが年齢を気にしすぎる」ことです。下重暁子さんが『年齢は捨てなさい』(幻冬舎)で書いているとおり、私たちは「もう年だから」と言うたびに醜くなります。ですから、私たちはそろそろ年齢を捨てるべきなのです。そして、周囲にも年齢を聞くのを止めた方がいいと思います。また、若者たちが「今から老後を考えなくては」などと語るのも、あまり良いとは思いません。誰もが、自分の年齢などを一切気にせず、余生や老後といった言葉を忘れて、何歳になっても若々しい気分で生きることが大切なのです。

 5つ目に、4つすべてと関係することですが、「自分の人生を生きていない人」「今を生きていない人」が多いことが、とても気になっています。ライフシフトとは、自分の内なる価値軸に従って、自分なりの判断で生き方を選び取ることです。しかし、自分の人生を会社に任せたり、イメージに振り回されて働くことを悪だと考えたり、将来を不安に思いすぎたりする人が、日本にはかなり多い。そうした生き方から、「自分の価値軸」と「今を生きること」を最も大切にする方向にシフトした方がいいと思います。そうすれば、人生100年時代を楽しめる。私が請け合います。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬

大野誠一氏プロフィール

1958年生まれ。1982年早稲田大学卒業、リクルート入社。「ガテン」(創刊)、「とらばーゆ」、「アントレ」(創刊)、「ダ・ヴィンチ」の編集長を歴任。2001年、松下電器産業(現・パナソニック)に転身しデジタルテレビのネットワーク・サービス開発に取り組み、2006年、大手家電メーカー共同出資によるジョイント・ベンチャー、アクトビラを設立し代表取締役社長に就任、2008年退任。フリーランス時代を経て、2011年よりローソンHMVエンタテイメント(現・ローソンエンタテイメント)でスタートアップ企業とのアライアンスなどを推進。現在は、葉加瀬太郎が音楽監督を務めるレーベル「HATS」で新規事業としてオンライン・ヴァイオリン・スクール「葉加瀬アカデミー」を立ち上げている。キャリア全般を通じて、一貫して新規事業開発に取り組んでいる。

ページトップへ