調査・レポート 2030年の「働く」を考えるヒントとなる、さまざまな調査・レポートを掲載していきます。

2030年の「働く」を考える

毎年、100名ほどのアクティブシニアが集まる場

 「生涯学習」が注目されて久しく、中高年向けの学び直しの場も通信教育やカルチャースクール、大学の公開講座など年々充実しているが、そのなかでも立教大学が2008年から画期的な試みを始めている。50歳以上のシニア向けリベラルアーツの場「立教セカンドステージ大学」である。設立以来、毎期100名程度の「アクティブシニア」が“入学”しているという。
 「私たちは立教セカンドステージ大学を、単なる生涯学習の場ではなく、『学び直し』と『再チャレンジ』の“プラットフォーム”として考えています。1年間、大学生と同じように日々大学に通い、体系立ててしっかりと学び、仲間たちと共にゼミナールに参加し、修了論文を作成する。そのプログラムを通じて新たな人と人のネットワークを形成し、社会参加の多様な担い手として生きていくサポートをするのが、われわれの役目です」と語るのは、立教セカンドステージ大学事務室課長(インタビュー当時)の三邨寛文氏である。「核家族化が進む昨今、居場所や役割を見失ったシニアが増えています。そこで、大学内にシニアが“第二のモラトリアム”を経験できる場を創ることで、児童・生徒・学生・社会人・シニアの全世代が集まるコミュニティを具現化したい。そして、できるだけ多くのシニアに、セカンドステージの生き方を自らデザインし、今後の人生をよりよく生きる契機を提供したい。これが設立以来の私たちの思いです」。
 実際に始めてみると、入学した学生たちは「まさにこのような場を求めていました」と口々に語るという。「特に男性の方で、定年退職後、唯一の社会とのつながりだった会社と縁が切れて、次にどのようなつながりを作ったらよいか分からない方が多くいらっしゃいます。一方、ずっと主婦をしてきた方々のなかには、若いときに大学に進学できず、子育てなどが終わって時間ができたから学びたいという人が多い。理由はさまざまですが、多くの方が新たな社会との関わりの形を模索するなかで、立教セカンドステージ大学への入学を決めています」。

異世代共学で、学部生にも良い刺激を

 立教セカンドステージ大学には、学び直し、再チャレンジと並ぶもう1つのキーワードがある。「異世代共学」である。「全学の課題の1つに、異文化・異世代コミュニケーションの不足があります。立教大学は〈異文化コミュニケーション学部〉を設置したほど異文化・異世代とのコミュニケーションを重視していますが、今の若者は同世代コミュニケーションばかりが密になり、異文化・異世代を苦手とする傾向があります。この課題を解決するために、立教セカンドステージ大学の学生と立教大学の学部生や外国人留学生が交流できる場を用意しています。
 その場の1つは、全学共通カリキュラム科目です。立教セカンドステージ大学の学生も、ある程度の全学共通カリキュラム科目を受講できる仕組みにしています。最初は、若者のなかにシニアが混じることを不安に感じていた先生もいましたが、始めてみると、どなたも学部生以上に真面目に受講し、むしろ叱咤激励する役目を担ってくれる方もおり、大変評判がよいです。
 それから、先ほどご説明した〈異文化コミュニケーション学部〉や〈日本語教育センター〉などでは、授業の一部に参加していただいています。〈異文化コミュニケーション学部〉では学部生に対し異世代の代表としてアドバイスや意見をしていただき、〈日本語教育センター〉では外国人留学生の日本語学習の相手をしていただいています。こちらも好評で、他の学部からも多くの引き合いが来ている状態です」。このように、大学内に社会経験の豊富なシニアが大勢いることには、意外なメリットも多いようだ。

修了後のサポートにも力を入れている

 立教セカンドステージ大学は再チャレンジの“プラットフォーム”でもあるだけに、修了後のサポートにも力を入れている。「〈本科〉は1年で終わりますが、その後さらに1年学べる〈専攻科〉を用意しています。毎年、およそ半数の方が専攻科に進みます。なかには、さらに大学院などに進学する熱心な方もいらっしゃいます。また、修了後の活動を支援する〈サポートセンター〉もあります。現在は9団体がサポートセンターに登録され、のべ200人以上の受講生、修了生が自主的に研究活動を展開しています。同窓会も定期的に開かれており、修了後の交流も大変盛んです」。
 また、〈三菱総合研究所プラチナ社会研究会〉〈としまNPO推進協議会〉などの外部コミュニティや、多種多様な企業と積極的にコラボレーションし、新たな活動の場を得たい修了生への機会提供も行っている。「将来は、サポートセンターに各人の希望や能力にできるだけ沿った“居場所”を提供できるようにしたいとも考えています。本当にパワフルで、社会に貢献したいと心から願っている方ばかりです。このエネルギーを社会で活かさない手はありません」。

今後の課題は「出口」と「広まり」

 一方で、課題もあると三邨氏はいう。
 「最も大きな課題は“体系づけと構造化”です。立教セカンドステージ大学は世界にもほとんど例のない取り組みで、アメリカ・チェコ・韓国の大学からもヒアリングを受けたほど。これまでは、個人的に生涯教育に熱意のある教員を募り、彼らと共に常に手探りで試行錯誤を続けてきましたが、完全に軌道に乗せるには、全学をあげた協力体制のもと、組織・仕組みをしっかりと構造化させるとともに、『大学での生涯教育』についての言論を盛り上げていく必要があります。生涯学習の“立教モデル”を完成させるべく、今後も多くの課題と向き合っていきたいと考えています」

〈教員の方の声〉私自身も、人生を考える時間をもらっています 立教セカンドステージ大学副学長 上田恵介(立教大学理学部教授)

 立教セカンドステージ大学には、設立準備の段階からずっと関わってきました。動物生態学、なかでも鳥類の研究を専門にしており、関わることになったきっかけは「シニアと一緒にフィールドワークをしてもらえないか」と頼まれたことでした。自然を知る、そして人が生き物であると知ることの大切さを多くの人に伝えたいという思いもあって、引き受けることに。実際に講義を行ってみると皆さん真剣で、非常に質問が多く、教えたことをどんどん吸収していきます。教師としては嬉しい環境で、予想以上にやりがいがあります。
 単に知識を蓄えるだけなら、わざわざ大学で学ぶ必要はないでしょう。講義やゼミでの双方向コミュニケーションで、私たち教員から学生が取り出せるのは知識だけではありません。学問に対する熱意や姿勢こそ学び取ってもらいたいと思いながら教えています。この大学には、立教大学の各学部を中心に志の高い先生方が集まっていますから、得られるものはきっと多いはずです。私自身も異なる学部の先生と深く話す機会は普段あまりなく、セカンドステージ大学に集う他の先生方の思いや考えによく刺激を受けています。
 高齢社会には、立教セカンドステージ大学のように、シニアが生き生きと人生を謳歌するための組織が欠かせません。シニアが元気になれば、社会全体が元気になる。若い人たちにとっても必ずプラスに働きます。立教セカンドステージ大学は、すでに先進国らしいシニアの活躍の場となっており、そのような場で教えていることに誇りをもっています。一方で、私自身も、学生の皆さんと同年代。実を言えば、皆さんの頑張る姿を見て、私も頑張らなくてはと日々エネルギーを得ています。また、皆さんと共に過ごすことで、私自身も人生を考える時間をもらっています。

〈学生の方の声〉この歳になって、親友ができるとは思いませんでした 6期生 片山みや子さん

 結婚以来、専業主婦をしてきました。10年ほど前にヘルパーの資格を取得し、さらに大学に編入学して福祉心理を学び、精神保健福祉士の資格を取りました。その後2年ほど、精神障害者社会復帰施設で働きましたが、それ以外はずっと家庭に入っていました。立教セカンドステージ大学は夫の勧めで入学。最初は迷っていたのですが、面接官の上田先生が私のプロフィールを親身になって読んでくださっていたのに感激して入学を決めました。昨年、本科に通い、現在は専攻科に進んでいます。
 先生方はどなたも熱意をもって、楽しく未知の世界へと導いてくださります。また、女性は私のような主婦が多いのですが、男性はビジネスの世界などでさまざまに活躍してきた方が多く、発言の次元が違って最初は驚きました。以来、先生からも周りの皆さんからも教えられることばかりです。詳しくなかった戦後経済の検証、10数名で分担して読み解く漢詩など、日々、学生時代に戻って新鮮な気持ちで学んでいます。講義はそれぞれ変化に富んでいて、他には例えばパキスタン、ルワンダ、タンザニアの現役駐日大使による講義なども印象に残っています。
 全学共通カリキュラム科目もいくつか取って、若い学部生たちと共に授業を受けました。「今になって、なぜ勉強しているのですか」と何人かの学生に質問されたこともあります。彼らにとっては、シニアがわざわざ勉強しに来ているのが不思議なのでしょう。一方の私は、若い人たちと席を隣にするなかで、彼らの考えや立場が少し分かるようになってきました。私には子どもが2人いるのですが、ここに通い出してから彼らとの話題が増えたのも、私にとっては良い影響です。
 この大学で得た一番の財産は、何といっても共に学んできた仲間たちです。自分をさらけ出すことのできる親友が、この歳になってできるとは思ってもみませんでした。彼らとゼミで侃々諤々議論したり、皆で協力してニューズレターを作ったりすることが、本当に楽しく、また意義深い時間になっています。実は、母の介護で忙しく、専攻科に進むのは止めようかと思っていたのですが、仲間たちの励ましのおかげで今年も介護と両立して勉学を続けています。学びも一生ですが、彼らとのつながりもまた一生。仲間たちとは、卒業後も何らかの形でずっとつながっていきたいと考えています。
 今後は、仲間たちのネットワークや知識を活かし、自分の住む地域に根差した福祉ボランティア活動などに携わり、自分たちの手で地域を活性化できないかと考えています。立教セカンドステージ大学で学ばなければ、ここまで積極的に活動しようとは考えなかったと思います。自分ではよく分からないのですが、最近周りから、ずいぶん明るくなったと言われます。この1、2年で人生が大きく変わったことを実感しています。協力し、応援してくれる夫や家族、先生方や仲間たちに本当に感謝しています。

〈考察〉教育が社会を変える力になることを示す好例です

 私たちは、教育に対してある種の固定観念をもっているように思います。例えば、「何も知らない若者に教育を提供する方が、さまざまなことを吸収し、長い時間をかけて学んだことを活かすので、投資効果が高い」といった思いこみがその1つです。しかし、立教セカンドステージ大学での教育を知ると、この考えが覆ります。さまざまな経験を積んだ人たちが集うことで、豊かな学び合いがおき、各々が人生のセカンドステージをどう生きるかを考えることにつながるのだと分かります。「シニアが元気になれば、社会全体が元気になる」をモットーとする立教セカンドステージ大学は、教育が人々の働きや生きることに影響を与え、さらには社会を変える力になることを示す好例だといえるでしょう。この新しい大学を見ていると、シニア世代の教育は若者の教育と同じくらい大切なのではないかと感じます。
 立教セカンドステージ大学には日本だけでなく近隣諸国などからも視察が来ていますが、実は他にもさまざまな分野で課題先進国・日本での新たな取り組みは世界に注目されています。日本発のイノベーションへの期待は、2030年に向かってより高まっていくことでしょう。そのイノベーションの1つとして、この大学と同様の取り組みが日本中に浸透し、いずれは「先進国らしいシニアの活躍の場」として世界にも広まっていくことを期待したいと思います。

2030WSPメンバー 岩下広武

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