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働き方改革の未来#14 オピニオン#38 嘉村先生 2018/7/2 「ティール組織」なら上司や評価を気にせずお客様や社会のために100%のエネルギーを注げます 東京工業大学 特任准教授 嘉村賢州氏

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社会視点ティール組織とは、「自主経営」「全体性」「存在目的」を備えた新たな組織モデルです。
企業視点ティール組織にはオレンジ組織を凌駕する成果を出している企業がいくつもあります。
個人視点ティール組織なら本来の目的に100%のエネルギーを注ぎ込み、少人数で大きなことを成し遂げることが可能です。

ティール組織とはいま世界中で生まれ始めている
「新たな組織モデル」のこと

「ティール組織」を知らない方が多いと思いますので、まず簡単に説明していただけないでしょうか。

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 詳しくは『ティール組織』(英治出版)を読んでいただけたらと思うのですが、ごく簡単に言えば、ティール組織とは、いま世界中で生まれ始めている新たな組織モデルのことです。『ティール組織』の著者、フレデリック・ラルーによれば、これまでの人類の組織形態は、力と恐怖によって支配する「衝動型(レッド)」から始まって、教会や軍隊のように規則・規律・規範によって階層構造を作る「順応型(アンバー)」、多国籍企業をはじめ現代の企業の多くが採用する「達成型(オレンジ)」、多様性と平等と文化を重視するコミュニティ型組織の「多元型(グリーン)」と、段階を踏んで発達してきました。そして、いま生まれつつあるのが「進化型(ティール)」なのです。

 ティール組織は細かな部分では多様なのですが、共通点として、次の3つの特徴のいずれかあるいはすべてを備えています。
(1)自主経営(セルフ・マネジメント)……階層やコンセンサスに頼ることなく、同僚との関係性のなかで働くシステム
(2)全体性(ホールネス)……誰もが本来の自分で職場に来ることができ、同僚・組織・社会との一体感をもてるような風土や慣行がある
(3)存在目的(エボリューショナリー・パーパス)……組織全体が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを常に追求しつづける姿勢を持つ 

 例えば、オランダには「ビュートゾルフ」という地域密着型の在宅ケアサービスを提供する組織があります。ビュートゾルフでは、看護師が10~12名のチームに分かれ、各チームが50名ほどの患者を受け持っていますが、そこに地域マネジャーはおらず、上司と部下といったピラミッド状の序列はありません。ミドルマネジメントは存在せず、出世の階段もないのです。評判や影響力、スキルに基づく流動的で自然発生的な階層はあるのですが、それは上下関係ではありません。重要な判断はすべてチームで決めています。これが「自主経営」の典型例です。ビュートゾルフに入った看護師たちは、「自分の仕事を取り戻しました」と異口同音に言っているそうです。なぜなら、効率や利益よりも、「患者がどうしたいのか?」を真剣に考え、患者の幸福という自分の使命を果たすことに集中できるようになったからです。また、その使命を果たすために、一体感を持って共に動けるチームがあるからです。ビュートゾルフは、自主経営、全体性、存在目的の3つを兼ね備えたティール組織といえるでしょう。なお、ビュートゾルフもそうですが、ティール組織のスタッフ機能は人員が少なく、意思決定権がありません。真に現場のサポート機能を果たすだけの存在です。あくまでも現場の自主経営チームが組織・ビジネスの中心なのです。

 『ティール組織』には、ビュートゾルフ以外にも、FAVI、AES、サン・ハイドローリックス、サウンズ・トゥルー、パタゴニア、モーニング・スター、RHD、ハイリゲンフェルトなどの企業や、ドイツ・ベルリンのESBZという学校、オルフェウス室内管弦楽団など、さまざまなティール組織の事例が紹介されています。日本企業では、オズビジョンという会社の事例が取り上げられています。この豊富な事例で明らかですが、ティール組織はすでにさまざまなところで生まれています。最近では、徹底的に顧客満足を追求する会社としてアメリカでは有名なアパレル通販サイト「Zappos.com(ザッポス・ドットコム)」を運営するザッポスが、「ホラクラシー」というティール組織の運営手法を取り入れたことが話題になっています(ホラクラシーに関しては、後ほど詳しく説明します)。

  なお、世の中には「ティール組織とは似て非なる組織」がけっこうあります。そうした企業では、経営層やリーダーは「我が社は階層もないし、みんなが自主経営しているティール組織だ」と言うのですが、社員はまったくそう思っておらず、実態はオレンジやアンバー、ひどいときにはレッドなのです。結局どの組織でも、経営者やリーダーなどのコミュニケーションが得意な上層部は、セルフ・マネジメントできているのです。問題は、内向的でコミュニケーションがさほど得意でない社員も含めて、あらゆる社員が全体性を感じ、組織の存在目的を意識して、自主経営できているかどうかなのです。その点、ザッポスが素晴らしいのは、CEOのトニー・シェイが「ザッポスは、まだ社員全員が自主性を発揮できているとは思えないから、ホラクラシーを導入する」と決め、実行に移したところです。

ティール組織にはオレンジ組織を凌駕する成果を
出している企業がいくつもあります

ティール組織はどの点が素晴らしいのでしょうか?

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 根本的な部分で最も素晴らしいと思うのは、「お客様や社会のために100%のエネルギーを注げる」という点です。ティール組織なら、誰もが仕事の目的や使命、全体性や組織の存在目的を見失うことなく働けるのです。その結果、実はティール組織には、オレンジ組織を凌駕する成果を出している企業がいくつもあります。対して、現代企業に多い達成型(オレンジ)組織では、多くの社員は与えられた領域の仕事しかできず、全体性を見ないまま働いています。それに、どうしても上司や評価、成績などが気になってしまって、本来の目的・使命のために100%の力を使うことができない人がほとんどです。私自身、NPO組織やベンチャー企業から相談を受けることが多いのですが、社員が20~30名くらいになって、評価制度を導入し始めるあたりから、少人数チームに存在する自主経営的なエネルギーが失われてしまい、社員が組織の全体性や存在目的を見なくなってくるように思えます。

 別の見方をすると、小さなNPO組織やベンチャー企業は、自主経営・全体性・存在目的を備えているケースが多いのです。そうした小さな組織が持っているエネルギーを、大きな組織にも持たせようとしているのがティール組織といってもよいかもしれません。実際、トニー・シェイは、都市は人口が増えるほど1人ひとりの生産性が上がるけれど、組織は人が増えるほど生産性が下がる。だから、組織を都市のようにしたいと考えて、ホラクラシーを導入したと言っています。

 もう1つ、私が特に画期的だと思ったのは、「アドバイス・プロセス(助言プロセス)」です。ティール組織では、基本的には誰でも意思決定することができます。誰でもハサミを買っていいし、人材を採用しても、いくら予算を使ってもよいのです。ただし、それを実行する前に、その意思決定によって影響を受ける全社員と、その問題の専門家にアドバイスを求めなくてはならないというアドバイス・プロセスのルールを定めている会社があるのです。意思決定する社員は、そのアドバイスを真剣に考慮しなくてはなりませんが、最終的な意思決定は自分で行ってかまわないという仕組みになっています。

 これがなぜ画期的かというと、グリーン組織がアドバイス・プロセスを導入すると、「グリーンの罠」を脱することができるからです。例えば、NPO組織の多くは、コミュニティ型のグリーン組織で、メンバーの仲が良く、話し合いもよくなされていて、いろんなアイディアや集合知が生まれてくる風土があるところが多いのですが、ただその優れたアイディアが行動につながらないケースが多いのです。私は以前から、そのことが気になっていました。ティール組織を学んで、その原因が分かったのです。つまり、グリーン組織の多くは「承認プロセス」をデザインしていないのです。私たちは、上司やリーダー、あるいは会議の承認を得てから行動するというオレンジ組織特有の承認プロセスに慣れすぎているために、誰かの承認を得ないとなかなか実行に移せません。しかし、グリーン組織は、特定の誰かが承認を出すというプロセスになっていないことが多い。そうすると、アイディアが出るばかりで、行動を起こしにくいのです。これがグリーンの罠です。そこにアドバイス・プロセスを導入すれば、誰もがフットワーク軽く動くことができるというわけです。このアドバイス・プロセスの存在を知ったとき、ティール組織は理にかなっていると腑に落ちました。

「ホラクラシー」という補助輪を使うと
ティール組織を運営する感覚を覚えられます

企業がティール組織になるにはどうしたらよいのでしょうか?

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 オレンジ組織の大企業がいきなりティール組織になるのは、もちろん不可能ではありませんが、大変なことです。なぜなら、組織図・意思決定方法・制度・採用・教育などを全部一気に変えなくてはならないからです。また、そもそも社員が全体性を意識する風土や「やってみよう文化」が根づいていないと、ティール組織にはなれないでしょう。その上で、最も難しいのは、「ヒエラルキーの統率モデル」を外すことです。というのは、オレンジ組織の特徴の1つは、ミドルマネジャーが「結果責任」を背負っていることです。これは、ヒエラルキーの最上位にいる経営陣からすると、非常に都合の良い仕組みです。ミドルマネジャーが結果責任を背負っている限り、彼らは何とかして結果を出そうとして、現場を動かしていくわけですから。ティール組織になるためには、この結果責任の仕組みを捨てなければなりません。経営陣がこれを決断できるかどうかが、大きなポイントの1つです。

 一方、すでにグリーン型のNPO組織などがティール組織になるのはオレンジ組織より簡単ですし、ベンチャー企業が比較的小さいうちにティール組織を志向すれば、実現できる可能性は十分にあると思います。また、業種によっても難易度は異なるでしょう。IT企業は比較的導入しやすいでしょうし、コンサルティングファームはそもそもティール組織に近いという話はよく伺います。ただ、『ティール組織』には、さまざまな業種の事例が出ていますから、どの企業にもチャンスはあるのではないかと思います。

 個人的に、ティール組織を作る上でヒントやステップになると思う方法論が、先ほどから何度か話が出ている「ホラクラシー」です。ホラクラシーは、いま日本で誤った形で広まっているので、しっかりと正しい情報をお伝えしたいと思います。ホラクラシーは「自己組織化組織」を実現するための組織運営手法の1つで、これまで世界中の500に及ぶ組織が導入してきました。自己組織化組織とは、組織内の上下関係を撤廃して、メンバー個々人の主体的な動きを促し、メンバーの意思決定、自己判断が次々に生まれていくような組織で、ティール組織の一種です。

 ホラクラシーは再現性を重視しており、かなり厳しく体系立てられています。ホラクラシーの中心には、「ホラクラシー憲法」という細かなルールがあります。社長も部長も例外なく、これを守らなくてはなりません。また、ホラクラシーには「タクティカルミーティング」「ガバナンスミーティング」「ストラテジーミーティング」の3種類のミーティングがあって、これを適宜使い分けていきます。さらに、ICTを使って組織図の「見える化」を進め、誰かメンバーが行動を起こしたいと思ったとき、組織内の誰かとダイレクトにつながれる仕組みを作ることが必須です。これらのルールやツールに従って組織を動かしていくと、自然とティール組織になっていくというのが、ホラクラシーの特徴です。いわば「補助輪」のようなものと考えていただくのがよいでしょう。ホラクラシーという補助輪を使うと、会社全体がティール組織を運営する感覚を覚えられるのです。

 少しだけルールの内容を紹介すると、ガバナンスミーティングのなかには「統合的意思決定プロセス」があります。このプロセスでは、まずアイディアを提案したいメンバーが提案します。次にミーティングの参加者から、その提案の反対意見を受け付けます。そのときは誰がどんな反対意見を述べてもかまいません。反対意見が出揃ったら、それらを1つひとつ検証していきます。その際、次の4条件を満たしたときだけ、反対意見が認められ、提案が却下されるのです。

(1)その提案が、ビジネスやチームの活動を停滞させるものになっていること
(2)その提案によって、反対者の提示する問題が新たに生まれること
(3)その反対意見が、予想や憶測ではなく、手元にあるデータを論拠としていること
(4)その提案が、反対者のロールの活動を妨げる、あるいは後退させること

 このルールに従うと、ほとんどの反対意見は却下され、「とりあえず実行してみたらいいのでは?」ということになっていきます。一方の提案者は、反対意見のなかから新たな視点を得て、アイディアを改善できることが多い。この統合的意思決定プロセスを続けていくと、反対意見は攻撃ではないことが分かり、社内に「やってみよう文化」が徐々に醸成されていくというわけです。こうしたルールがこと細かく決まっているのがホラクラシーです。

 正直に言うと、私は5年ほど前、はじめてホラクラシーに出会ったときは、さほど興味を持てませんでした。私はこれまでずっと一貫して、安心安全な対話の場を作る仕事をしてきたので、ホラクラシーのようなルールで固めていくやり方に大きな効果があるとは思えなかったのです。しかし、最近は考えを改めました。ティール組織を実現する上で、ホラクラシーは役に立ちます。実際、いま私自身の組織(特定非営利活動法人場とつながりラボhome's vi)を、お客様や社会のために100%のエネルギーを注げる組織にするために、実験的にホラクラシーを導入しています。

人は100%のエネルギーを注ぎ込めば
少人数でも大きなことが成し遂げられるものです

働く人々にとってはティール組織の方がよいのでしょうか?

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 それは人にもよるでしょう。例えば、大企業に所属している方が楽でよいと考える方もいらっしゃるはずで、それが間違いというわけではないと思います。ただ、私としては、そうした方々に対して、「50年の仕事人生を、ただ楽をするために使うのですか?」という問いを投げかけたいと思います。人は本来、100%のエネルギーを注ぎ込めば、少人数でも大きなことが成し遂げられるはずなのです。ティール組織は、上司や評価などに対する「恐れ」を取り除き、仕事に集中して、少人数で大きなことを成し遂げる環境を実現する仕組みです。その環境を望む方は、日本にもきっと少なくないのではないかと思います。

日本では、これからティール組織は広まっていくのでしょうか?

 まだ少ないですから予想するのは難しいのですが、今後、大きな成果を出すティール組織がいくつか出てきて、優秀な方々がそうした組織に転職する流れが生まれていったら、それがティッピングポイントとなるのではないかと思っています。

 実はいま私は、「コクリ!プロジェクト」というところで、「ジェネレイティブ・インテンション(GI)」を生み出す取り組みをしています。GIというのは、例えば「シェアリングエコノミー」が典型例ですが、時代を照らすコンセプトやキーワードのことです。時代が変わるとき、まずはイノベーションや画期的な動きの「波」が起きます。シェアリングエコノミーでいえば、AirbnbやUberなどが波です。私たちは、こうした「波」が大きくなる前から、何かを共有することで、共有した人々が互いに幸せになる経済を求める「うねり」があったと考えています。そもそもGIがあって、そのGIにいち早く反応した方々がAirbnbやUberといったプロトタイプのビジネスを起こして成功させ、その後でGIに「シェアリングエコノミー」という名前がついて、ようやくうねり=GIの存在が顕在化したのです。

 その意味で、ティール組織は1つの「波」ではないかと感じています。私たちの間には、ティール組織のようなものを求める「うねり」がきっとあるのです。そのうねりを捉えて、新たなコンセプトやネーミングを生み出せたら、もしかしたらティール組織が一気に広まるのかもしれません。個人的には、そうしたことにも取り組んでみたいと思います。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬

嘉村賢州氏プロフィール

東京工業大学 特任准教授/特定非営利活動法人場とつながりラボhome's vi 代表理事

1981年兵庫生まれ。京都大学農学部卒業。IT企業の営業経験後、特定非営利活動法人場とつながりラボ home's viを立ち上げる。特定非営利活動法人場とつながりラボでは、場づくりの専門集団としてまちづくり、教育、組織変革、イノベーション支援などを多様なセクターに対して行っている。京都市未来まちづくり100人委員会元運営事務局長(第一期~第三期)。最近では新しい組織論の発明をテーマに「teal organization」などの研究も始めている。2018年4月より、東京工業大学 特任准教授を務める。『ティール組織』の解説文を書いている。

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