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2030年の「働く」を考える

オピニオン#30 西條先生 2016/03/14 将来世代になりきって考えれば将来世代から奪うのをやめることができます 一橋大学 経済研究所教授 西條辰義氏

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社会視点私たち現世代は、将来世代から、さまざまな資源を惜しみなく奪っています。
個人視点私たちには、自分と切り離して将来を考える力がもともと備わっており、
将来世代から奪うのをやめることは可能です。
社会・企業視点将来世代になりきって、将来を考える集団「将来省」「将来課」「将来住民」を作ることを提案します。

将来世代になりきって、将来を考える集団
「将来省」や「将来課」や「将来住民」を作る、という提案

西條先生が提唱している「フューチャー・デザイン」をまず簡単にご説明ください。

 『フューチャー・デザイン』にも書きましたが、2012年3月、マサチューセッツ大学のあるセミナー後の夕食会が始まりの場です。そこで、私はある提案をしました。将来世代に多大な影響を及ぼすさまざまな意思決定をするとき、将来世代のことだけを考える集団を構築し、現世代とその集団が交渉して、物事を決めていくような枠組みを考えたらどうかというものです。

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 そうしたら、その場にいた教え子の奥さんが、長い間、似たような考えを実行してきた集団があると教えてくれたのです。イロコイ・インディアンです。彼らの憲法である「偉大な結束法」には、「すべての人々、つまり、現世代ばかりではなく将来世代を含む世代を念頭に置き、彼らの幸福を熟慮せよ」(『フューチャー・デザイン』)と書かれています。そして、彼らは実際、重要な意思決定をする際には、7世代後の人になりきって考えるのです。私は、彼らの真似をしてみようと思い、その一連のプロジェクトを「フューチャー・デザイン」と名づけて、大阪大学や高知工科大学などと共同でさまざまな取り組みを行っています。

 私たちの提案の1つは、国・地方自治体・企業などに「将来省」や「将来課」といった部署を新設することです。組織内に、将来世代になりきって将来を考える「仮想将来世代」の集団を作り、他の部署が彼らと交渉することで、将来をデザインしていく仕組みを立ち上げるのです。もう1つは、町の住民が「将来住民」となって主体的に町の未来を考えるというもので、私たちは今まさに、岩手県矢巾町や大阪府吹田市で実験に取り組んでいます。

岩手県矢巾町では、実際に町の人たちが
2060年の現役世代になりきって、アイデアを生み出しています

具体的に、どのような実験を行っているのでしょうか。

写真2

 岩手県矢巾町では、ランダムに選んだ住民20名ほどにご協力いただき、「フューチャー・デザイン・ワークショップ」を定期的に行っています。また、大阪府吹田市でも同様のワークショップを開催しています。どちらも、参加しているのはごく普通に暮らす方々です。

 私たちも驚いたのですが、住民の皆さんは、想像以上に面白いアイデアを次々に生み出します。ただ単純に「町の将来を考えてください」というだけでは、待機児童問題といった現在の町の悩みが話題になるだけなのですが、「2060年の現役世代になりきって、町の将来を考えてください」とお願いしたら、その途端、矢巾町には公共交通機関がないからモノレールを作ってはどうか、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の舞台である南昌山を観光資源としてもっと活用してはどうか、きっとその頃には、毎朝起きたらコンピューターが私たちの身体をスキャンして、必要があれば自動的に病院の予約が入るような時代になるだろうから、それを前提に病院ビジネスを考えなくてはならないといった具合に、皆さんが大局的、中長期的な視点から大胆に考え始めるのです。

 こうした独創的なアイデアは、実は、専門家からはなかなか生まれません。吹田市のワークショップでは、ある60代の方が「吹田市で自給自足を実現するため、吹田市にある大阪大学に新しく農学部を立ち上げてもらい、最先端のサイエンスを駆使した農業を行ってはどうか」と提案し、農学部のための土地のことまで考えてくださいました。市役所の方々は、「吹田市が大阪大学に新たな学部を作るよう働きかけるなどというような大胆なアイデアは、私たちだけで考えても、絶対に出てきません」と深く感銘を受けていました。

 また、矢巾町では、フューチャー・デザイン・ワークショップの先駆的な試みとして、「住民参加型水道事業ビジョン策定」を行いました。50名ほどの住民に「やはば水道サポーター」になっていただき、上下水道の見学などをつうじて情報を提供した上で、水道サポーター・ワークショップを開催。水道サポーターに、2035年までの矢巾町の水プランを考えていただいたのです。そうしたら、病院や避難所など、水が欠かせない施設の配管交換を最優先するために、社会的評価と技術的評価を合わせた配管交換の点数制度を考え出し、最後には、彼らの方から水道代の値上げを提案してきたのです。矢巾町水道課の方々は「自分たちでは、こうした仕組みはまず作れない」と言って、現在、水道サポーターの提案をほぼそのまま取り入れています。

 こうした経験から、各市町村は、主体的に市町村の将来を考える「将来住民」を集め、彼らが現世代と交渉して、町の将来を形作っていくのがよいのではないかと考えています。矢巾町では、仮想将来世代と現世代が交渉するワークショップをすでに行いましたが、そこでは実際に、現世代が仮想将来世代から強い影響を受けて、考え方を変えていきました。この結果を見る限り、実効性は十分にあります。そのとき、専門家は将来住民のサポートに徹するのがベストです。将来住民から出てきたアイデアに、どの程度の実現可能性があるのか、どういったことが実現に向けた障壁となるのか、といった助言をする役目に回るのです。これはある意味、「新しい民主主義の形」ではないかと考えています。

私たちには、自分と切り離して
将来をフューチャー・デザインする力が備わっています

なぜ普通の方々が、そうした力を発揮できるのでしょうか。

 私たちには、自分と切り離して将来を考える力がもともと備わっているのだと思います。矢巾町でも吹田市でも、高齢の参加者が多くいらっしゃいます。彼らは、2060年にはもはや亡くなっている可能性が高いのですが、そうしたことを横に置いて、将来の若者になりきれるだけの想像力があるのです。ですから、私たちは、「将来から奪う」(詳しくは後述します)のをやめることも、十分に可能だと考えています。

 このことは被験者実験でも明らかになっています。3人1組で1世代を形成し、前の組(世代)の決定が次の組(世代)の決定に影響するという実験です。各組は、「A:3人で36ドル B:3人で27ドル」のどちらかを選びます。ただし、Aを選ぶと、その次の組のAもBも、9ドルずつ減るのです。Bを選べば、次の組のAもBも、元の金額のままです。7割ほどがAを選び、世代が進むにつれて金額を減らしていったのですが、3人のなかに仮想将来世代が1人入り、残りの2人と交渉した組は、そうでない組と比べてBを選択する率が倍になり、むしろBを選ぶ方が6割と多くなったのです。私たちは、必ずしも利己的ではない。将来に向けて賢い選択をすることができるのです。

市場も政治も、将来のことを一切考えない
そこに大きな問題があります

そもそも、なぜフューチャー・デザインが必要なのでしょうか。

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 私は長年、経済学を専門にしてきましたが、実は、経済や市場そのものに対する不信感を根強くもっています。なぜなら、経済や市場は、将来のことをきちんと考えないからです。そこに大きな問題があります。

 ごく簡単にいえば、市場とは、目先の需要と供給を上手に釣り合わせる装置です。金融市場などを見れば明らかですが、目前の期待や危機で一喜一憂するのが市場なのです。そのため、市場のもとでは、現世代はどうしても近視眼的な思考を避けることができず、将来世代の資源を「惜しみなく奪う」ことになってしまいます。自分たちの幸せのために可能な限り資源を使うことを、市場が推し進めてしまうのです。

 政治も同じです。少なくとも今の選挙制度では、「私はこの国の、この町の100年後を真剣に考えています」と訴えたところで、当選するわけがありません。その政治家が、投票した方々や市場原理に逆らって将来を考えるのは難しい。現在の間接民主制もまた、近視眼的な仕組みなのです。私は以前、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)に関わっていたのですが、地球温暖化対策はいっこうに進んでいません。先日、「パリ協定」が採択されましたが、これもあくまで各国がボランタリーに温室効果ガスの削減を行うと約束しただけで、実際に削減するかどうかは分かりません。しかも、すべての国が現在掲げている量を削減したとしても、今世紀末に3度程度、気温が上昇する恐れがあるという分析結果が出ています。パリ協定はまだ楽観的な合意で、将来世代からの収奪を止めるものではないのです。こうした状況を見ていると、今の政治の形では、地球温暖化を止めるのは難しいのではないかという気がします。

 私が最も危惧しているのは、人類の持続可能性です。例えば、気温が数度上昇すれば、1000年単位で見ると、いずれは6、7メートルほどの海面上昇が起こるでしょう。そうすれば、東京は全体が沈んでしまう。世界の海沿いの大都市も同じ運命をたどるでしょう。私たちは今、将来の人類を滅ぼしかねないほど、将来世代から奪っているのです。市場の力を制限し、政治の仕組みを変革することで、この状況を何とか改善しなくてはならないというのが、私たちの問題意識です。そこで、将来省や将来課、将来住民を作ることで、将来世代から資源を奪うのをやめ、世界を変えていくことができないかと提案しているのです。

復興庁を、将来省に変えてはどうかと提案しています

今後、具体的にどういった活動を考えているのでしょうか。

 私たちはまず、教育に働きかけたいと考えています。教育にフューチャー・デザインを取り込みたいのです。例えば、小中高で「将来世代になりきって将来を考える時間」を作り、大学に「将来学部」を設けて、仮想将来世代の思考力を段階的に身につけていけるようにすることは十分に可能です。

 それから、復興庁は2021年になくなる予定になっていますが、私たちの仲間の1人、東京大学大学院の森口祐一先生が、これを将来省に変えてはどうかという提案を始めています。復興庁の取り組みはまさにフューチャー・デザインなのですから、ちょうどよいと思うのです。また、私の同僚の小塩隆士先生は、日本の国家財政に早急にフューチャー・デザインを取り入れた方がよいとおっしゃっています。国家財政のみならず、皆さんの不安を解消できるような仕組みを作る上で、フューチャー・デザインはさまざまな場で役に立ちます。

 実は、すでに世界ではフューチャー・デザイン的な活動がいろいろと始まっています。例えば、「Future Earth」という巨大な枠組みが生まれています。これは、社会のさまざまなステークホルダーが参加し、超学際で地球規模の持続可能性を実現するための研究・連携・協働を行う世界的な集まりです。こうした動きと連動していく必要もあるでしょう。私たちは決して、完成した考え方を提供しているわけではありません。フューチャー・デザインをこれからどうしていくかは、むしろ多くの方々と共に考えていきたいと思っています。興味のある方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に活動していきましょう。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬 写真:伊藤誠

西條辰義氏プロフィール

一橋大学 経済研究所教授

ミネソタ大学大学院経済学研究科修了。Ph.D.(経済学)。現職のほかに、大阪大学環境イノベーションデザインセンター特任教授、高知工科大学経済・マネジメント学群客員教授、同大学フューチャー・デザイン研究センター客員研究員を務める。専門は制度設計工学、公共経済学。著書は『フューチャー・デザイン』(編著・勁草書房)、『地球温暖化の経済学』(共著・大阪大学出版会)、『排出権取引』(共著・慶應義塾大学出版会)など多数。

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