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2030年の「働く」を考える

オピニオン#28 石山先生 2015/10/26 人工知能によって、雇用が増えるケース、新たな仕事が生まれるケースがいくつもあります Recruit Institute of Technology 石山洸氏

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社会視点日本に人工知能やロボットのイノベーションを起こすチャンスが豊富にあることは間違いありません。
社会視点マクロ・ミクロ・ループの観点から考えれば、人工知能やロボットの進化は、回り回ってさまざまな人に利益をもたらします。
社会視点人工知能は、「クリエイティブ」などの概念の意味を根本から変えるかもしれません。

人工知能やロボットに関する画期的イノベーションが
日本から生まれる可能性が十分にあります

最初に、簡単な自己紹介をお願いします。

 Recruit Institute of Technologyの石山洸と申します。Recruit Institute of Technologyはリクルートの人工知能の研究機関で、機械学習の権威・米カーネギーメロン大学教授のトム・ミッチェル氏など5名のアドバイザーと共に、グローバル規模の人工知能研究を進めています。

今日は石山さんに、人工知能やロボットと「働く」の関係について、現時点でお話しいただけることを伺えたらと思っています。

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 現時点では分からないことが多いという前提で、いくつかのテーマについてお話ししたいと思います。まず日本に触れると、以前、シリコンバレーのある著名投資家が、人工知能やロボットに関する画期的イノベーションやブレークスルーは日本から生まれる可能性が十分にあると語りました。私もその意見に賛成です。

 なぜかというと、ご存じのとおり、日本の労働力人口が減ってきているからです。例えば、厚生労働省の調査「2025年に向けた介護人材にかかる需給推計」によると、2025年には介護職員が全国で37万人ほど不足するといわれており、労働力人口が減っている現状では新規雇用が追いつかないことはほぼ自明です。慢性的に働き手が足りなくなる産業が、おそらく他にも出てくるでしょう。その有力な対策の1つに、人工知能やロボット技術で生産性を高め、人員不足を補う方法があります。実際、ロボット介護機器・サービスはすでに開発・提供が始まっています。さらにいえば、必要に迫られていることもあって、日本は大企業やベンチャー企業、若者を中心に、人工知能やロボットの導入には比較的ポジティブな印象を受けます。こうした状況を見る限り、日本に人工知能やロボットのイノベーションを起こすチャンスが豊富にあることは間違いありません。

テクノロジーの進化が継続している方が、所得分配が公平になる傾向があります

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 2つ目に、「技術の進化と所得分配」の関係についてお話しします。OECD.statによれば、アメリカでは1980年くらいまで平均労働時間が減り続けてきましたが、1980年以降はほとんど下がっていません。大きな原因の1つは、技術進化が踊り場に来て、労働生産性の上昇が止まったためです。次にThe World Top Incomes Databaseを見ると、アメリカの上位10%、上位1%の所得シェアは、平均労働時間の減少と呼応するように1970年代まで下がっていましたが、それ以降は再び上昇し、貧富の差が広がっています。

 2つのデータを合わせると、テクノロジーの進化が継続し、労働生産性が高まっているときの方が、所得分配がより公平になる傾向があることがわかります。もちろん、テクノロジーの進化が唯一の理由とは思いませんが、所得分配の公平性に寄与している部分はあると考えられます。これを踏まえると、これから人工知能の進化によって労働生産性が高まれば、再び所得分配の公平性が上がることが予想できます。特に介護など、IT化による恩恵をこれまであまり受けてこなかった人々の働き方を補完し、生産性を上げることができれば、テクノロジーの進化はより公平な経済をもたらす可能性が高いでしょう。

テクノロジーの進化によって、サービス手法や仕事内容が
切り替わっていくことは、もはや避けられないでしょう

 3つ目に、テクノロジーの進化がもたらす経済的影響は、「ミクロ・マクロ・ループ」の観点から考える必要があります。これは、簡単な例でご説明するのが一番分かりやすいでしょう。Aさんが、10分1000円で肩もみサービスを行っていたとします。そこに、B社が自動肩もみサービスを行う人工知能ロボットを開発し、Aさんに貸し出し始める。同じく10分1000円なのですが、ロボットを貸しているB社が700円をとり、残りの300円をAさんが得る形になりました。Aさんは損をしているように見えますが、ロボットだから何台も導入できます。5台導入してフル稼働すれば、Aさんの収入は10分1500円。むしろ以前よりも稼ぐことができます。さらに技術が進化して、人間以上の肩もみができるようになれば、単価を10分1500円に上げて、B社が1000円、Aさんが500円の収入を得ることもできるでしょう。その間、AさんとB社をめぐる経済の規模はどんどん大きくなっていきます。こうしてミクロ経済とマクロ経済はループして成長を遂げていくのです。

 今の例のように、テクノロジーの進化に合わせてしっかりとしたビジネスモデルを確立できれば、労働者のAさん、人工知能の適用を行うB社、さらにR&Dを行う人工知能メーカー、ひいては日本経済全体も含めたWin-Win-Win-Winが実現できます。マクロ・ミクロ・ループの観点から考えれば、テクノロジーの進化は、回り回ってさまざまな人に利益をもたらすのです。逆にいえば、新たなテクノロジーを活用する際は、さまざまなステークホルダーが協力する必要がありますし、協力する意味や意義があるのです。

 先ほどの例では、Aさんは今後、肩もみではなく、経営者として営業や店舗運営をしていくことになるでしょう。仕事が変わるわけです。これは仕方がありません。何も人工知能やロボットだけでなく、昔から新たなテクノロジーは古い仕事をなくし、新しい仕事を創出してきました。自動車の普及によって、馬車を操る技術の代わりに、自動車を運転する技術が求められるようになったのです。テクノロジーの進化によって、サービス手法や仕事内容が切り替わっていくことは、もはや避けられないのではないかと思います。

人工知能は、単に仕事を奪うものではありません

今、アメリカではグーグルが自動運転車の試験運転を進めています。この先、自動運転車が普及したら、タクシードライバーやトラックドライバーの仕事はなくなってしまうのではないかと思うのですが、その点はどのように考えていらっしゃいますか。

写真3

 タクシードライバーやトラックドライバーといった職業が最終的にどうなるのかは、私にも分かりません。ただ1ついえることは、物事はそれほど単純には進まないということです。少なくとも自動運転技術が向上したからといって、すべての自動車が瞬間的に自動運転車に切りかわるわけではありません。将来、仮に自動運転車を使った配車ビジネスができるだけのテクノロジーが整ったとしても、規制や雇用の問題など、事業化までにクリアしなくてはならないことは山ほどあるでしょうし、経済合理性の面から都市の一部でしか導入できないといった事態も十分に起こりえます。実際に始めるのは、かなり大変ではないでしょうか。

 あらゆるビジネスで同じことがいえるはずです。人工知能が職業をどのように変えていくか、社会の変化とあわせて段階的にモデリングしていかなければ、明確な答えは見えてきません。少なくとも、新たなテクノロジーは単に仕事を奪うものではありません。雇用が増えるケース、新たな仕事が生まれるケースがいくつもあるのです。例えば、今世界で急速に普及している画期的自動車配車アプリがありますが、あれは今のところアメリカのタクシー台数を増やしています。また、インターネットサービスやテクノロジーの進化によって、ストリートビューを撮影する自動車の運転手、自動運転車のテスト運転手といった雇用が数多く生まれていることも事実です。人工知能・ロボットと仕事の関係は、一つひとつ個別に見ていく必要があります。

PCを使用する仕事は、人工知能サービスと置き換えられやすい傾向があります

人工知能やロボットで置き換えやすい仕事、置き換えにくい仕事の傾向はあるのでしょうか。

 もちろん一概にはいえないのですが、PCを使用する仕事は、人工知能サービスと置き換えられやすい傾向があるのではないかと思います。ハードウェアはすでに整っており、人工知能のソフトウェアを作るだけで済みますから。工場での単純労働を除くと、専用ロボットなどのハードウェアが必要な仕事の方が、経済的・時間的コストが余計にかかる分だけ置き換えが難しい。冒頭で述べたように介護ロボットは増えていくと思いますが、大きく見れば人工知能が入りにくい領域だと感じます。

 最後に余談ですが、人工知能サービスが増えていくに従って、いくつかの概念の意味が根本から変わっていくかもしれません。例えば、「クリエイティブ」という概念です。今までクリエイティブで専門的だと思われてきた仕事を人工知能が自動的に行う一方で、ロボットではどうしても置き換えられない手仕事が、「クリエイティブだ!」と注目を浴びる時代が来てもおかしくありません。人工知能が、私たちの見方や考え方を変えていく可能性が十分にあります。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬 写真:伊藤誠

石山洸氏プロフィール
Recruit Institute of Technology
2006年、株式会社リクルート入社。インターネットマーケティング室などを経て、全社横断組織で数々のWebサービスの強化を担い、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズにのせバイアウトした経験を経て、2014年、リクルートホールディングスのメディアテクノロジーラボ所長に。2015年より現職。

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