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2030年の「働く」を考える

オピニオン#26 長谷川氏 2015/8/17 「障害のない社会」「人中心の社会」を日本に実現していきます 株式会社LITALICO 代表取締役社長 長谷川敦弥氏

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社会視点社会の側に人々の多様な生き方を実現するサービスや技術があれば、障害はなくしていけます。
社会視点教育と企業の仕組みをセットで変革し、学び方や働き方を自由に選べる「教育の生態系」を創っていきたい。
個人視点自分の得意分野以外は、ほとんどアウトソーシングできるようになるでしょう。

障害は人ではなく、社会の側にある。LITALICOはそう考えています

まずは自己紹介をお願いします。

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 私たちLITALICOは、「障害のない社会をつくる」というビジョンを掲げ、「障害は人ではなく、社会の側にある」を基本的な考え方としています。これまでは、人の方が社会に適応する必要があり、適応できなければ、適応できない人に問題があると見られてきました。なかでも社会生活に大きな困難のある方々を障害者として括ってきたのです。しかし、それではいつまでも一部の人しか幸せになれません。そこで私たちは「人中心の社会」、社会の方が人に適応する社会を目指しています。社会の側に人々の多様な生き方を実現するサービスや技術があれば、障害はなくしていける。現在、障害者と括られている人たちの「生きづらさ」を解消できるのです。

 例えば、私たちのパートナー企業が次世代パーソナルモビリティWHILLという優れたデザインのプロダクトを作っています。足の不自由な方々の「移動の困難」を解消するもので、7.5cmの段差を乗り越えることができ、アウトドアや山登りなどに出かけることも可能です。こうして一つひとつ生きづらさをなくしていくのが私たちのビジネスです。

 障害のある方は日本に744万人いるといわれています。そのうち、労働可能人口(障害がある18~64歳の在宅者)約324万人のなかで働いている人はわずか約14%(13.8%)、残りは働いていない状況があります(平成25年版 障害者白書・内閣府より)。働くことは、一人ひとりの人生の質を向上させてくれる1つの方法といえますし、就職困難だと思われていた方の就労が可能になることで税金が削減され、さらに彼らが納税者に変わることは、経済的にも大きなインパクトがあります。

 もともと私たちは、企業に障害のある方々をご紹介し、雇用していただく障害者雇用支援事業を行っていましたが、人材紹介の形で企業からお金をいただくBtoBビジネスでは、障害が軽度で優秀な人が対象になってしまい、今働けていない85%の人にサービスが届かないと、あるとき気付きました。そこで、障害のある方、本人をエンパワーメントするBtoCビジネスへの事業転換を行ったのです。BtoCビジネスでなければ、企業を啓蒙して、障害のある方々が働きやすい企業を増やしていけない、障害のない社会を実現できないと考えたからです。実際、BtoCに移行してから、障害に対する理解があり、彼ら一人ひとりに合わせた働き方を用意できる企業を増やすことができています。

うつ病や統合失調症の方々の「働く困難」も、なくすことができるのです

具体的には、どのようなビジネスを行っているのでしょうか。

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 障害のある方の「働く」をサポートするサービス「WINGLE」、学習支援サービス「Leaf」、IT×ものづくり教室「Qremo」、家族支援コミュニティ「ふぁみえーる」、うつの予防回復SNS「U2plus」、子育て情報メディア「Conobie」などを行っています。

 「WINGLE」は、身体障害・知的障害・精神障害のある方、発達障害や難病のある方などに対して、ビジネススキル向上のためのワークショップ、ご本人にマッチした求人開拓、就職後の対人関係サポートなどを提供するサービスです。現在は全国50カ所(2015年8月1日時点)で、年間800名以上の就業者を生み出しています。

 WINGLEの就労支援を簡単にご説明すると、まずビジネススキルを学んでいただき、いくつかの会社で実習を行います。実習で、自分は一体どのような環境で働くのが幸せなのかをよく考えていただいてから、働く先を一緒に探していきます。就職活動時は、彼ら一人ひとりにエージェントがつくのが基本。コミュニケーションの苦手な方が多いため、エージェントが彼らの能力を企業にアピールするのです。就職後は、定着支援や職場環境の調整にも関わっていきます。

 なかでも、私たちは「精神障害」のある方々のサポートに注力しています。身体障害や知的障害のある方の就労は以前からある程度行われていましたが、精神障害のある方の就労は日本ではまだ一般的といえないからです。しかし、しっかりとした職業訓練を受けることができ、安心して活躍できる企業が増えれば、うつ病や統合失調症の方々の「働く困難」もなくすことができるのです。

 私たちは、これまで約1万人の精神障害の方々をサポートしてきましたが、彼らとお付き合いするうちに、小さい頃からの失敗体験と自己否定の積み重ねで発症した方が多いことが分かってきました。彼らは本当に個性的な方ばかり。従来の学校教育は、個性や創造性をネガティブに評価しますから、彼らはそこで自己肯定感を下げてきたのです。結果として、精神障害になってしまったという方が、実は数多くいらっしゃるのです。

 そこで、「教育を変えることでなくせる障害がある」と考えて始めたのが「Leaf」です。自閉症、ダウン症、LD、ADHD、広汎性発達障害などの診断を受けている子どもたちも安心して通うことができる学習支援サービスで、一人ひとりの特性に合わせた指導が特徴です。中心となっているのは、ADHDやアスペルガー症候群といった発達障害の子どもたち。大人に劣らないほど論理明晰に話すことができ、今一番学びたいのはバッハで、特にバッハが死ぬ直前に何を考えていたのかを知りたいと私に語ってくれた小学1年生の子や、普段はなかなかコミュニケーションをしたがらないのに、為末大選手の走る姿には興味津々で自ら話し出す子など、彼らは驚くほど多様です。Leafでは、彼ら一人ひとりの個性を活かし、生きる力を身につける教育を行っています。

ITを利用すれば、一人ひとりの個性を伸ばす教育が実現できる時代です

今の学校教育にはやはり問題があるのでしょうか。

 障害のない社会を目指すという観点から見れば、現在の公教育には変えなくてはならない部分があります。学校は、子どもたちの個性を伸ばし、創造性を積極的に評価する場になる必要がある。そのためには、「教育の多様性」を創っていかなければなりません。

 日本の小学校は今、暗記教育の比率が70%程度だと思いますが、その時点で個性を伸ばす教育とはいいがたい。小学校から高校まで、全員が5教科をバランスよく学ぶことにも疑問を感じます。歌が苦手な子が音楽の授業で歌い続けても、ただ自己肯定感を下げるだけです。私は小説が苦手で、文字だけではなかなか情景を思い浮かべられないタイプですが、同様の人は世の中にたくさんいます。小説の授業の目的の1つは推理力を高めることですが、推理力を高めるには小説を読む以外にもたくさんの方法があります。全員が小説から推理力を身につける必要はないと思うのです。

 これまでは紙の教科書を使うほかになかったので、効率やコストを考えると、全員に同じ教育を行うしか選択肢がなかったことは理解しています。しかし、今のIT技術を利用すれば、一人ひとりの学習レベルや特性、進捗状況を効率的に把握して、教材や授業をカスタマイズしていくことは十分に可能。個性に合わせたカリキュラムが提供できるのですから、いつまでも画一的な教育をしている必要はないでしょう。

 個性や創造性を伸ばす教育を行うためには、IT技術の利用と共に、先生のマネジメント方針を抜本的に変えなくてはなりません。従来の管理統制型ではなく、多様性を活かすマネジメントが求められます。例えば、授業中のおしゃべりをただ禁止するのではなく、おしゃべりな子には司会を担当してもらい、授業のなかで楽しく話してもらえばよいと思うのです。

 Leafの他に、私たちは「Qremo」という教室を開いています。ゲームやロボットのプログラミングや3Dプリンターを活用したデジタルファブリケーション、デザインなど、最先端のものづくりを横断的に学べる教室です。学習塾と同じスタイルで、発達障害の子もそうでない子も、さまざまな子が交じって学んでいますが、Qremoでは発達に課題のある子の方が優秀なケースが多い。彼らは総じて好きなことにのめりこむ性格で、ゲームやプログラミングに没頭し、小さなうちから独創的な作品を創り出すことも珍しくありません。たとえ学校で認められなくても、Qremoで周囲に褒められ、友達から一目置かれると、少しずつ自分のことが好きになり、自信がついてきます。多様な子どもたちが、こうした成功体験をそれぞれ数多く積める仕組みが、公教育にも必要ではないかと思います。

従来の成功ラインには上手に乗れない
「変わった人たち」が、たくさん活躍する社会を創りたい

LITALICOの今後の目標は何でしょうか。

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 日本に「教育の生態系」を創っていきたいと考えています。教育の生態系とは、たくさんの学び方、働き方のなかから各自が自由に選べる環境のこと。教育の多様性と、社会での活躍の多様性の両方が保たれている環境のことです。

 一人ひとりに合わせた教育の仕組みが大切だと、以前からよくいわれてきたにもかかわらず、なぜ改革が進まなかったかといえば、社会での活躍とうまく接続できなかったからです。今の学校教育は、大学入学と新卒入社をゴールに設定していますから、企業のあり方が変われば、教育のあり方も自然と変わっていくでしょう。その意味で、教育と企業の仕組みをセットで変革することが重要。教育の生態系が、社会での活躍や働き方まで含む所以です。

 私たちは今、LeafやQremoなどで存分に個性を発揮して成長した子どもたちが、社会で活き活きと創造性を発露するところまで一貫してサポートしていこうとしています。発達に課題のある子がQremoで技術を磨き、そのままエンジニアとして就職して、楽しく実力を発揮できる道を創りたいのです。こうした活動をとおして、従来の成功ラインには上手に乗れない「変わった人たち」がたくさん活躍する社会を創ることが、私たちの目標の1つです。

 最近、「大人のADHD」が話題になっていますが、ADHDの方々がなぜ衝動的に行動してしまうかといえば、視覚優位で、動くものに反応してしまうからです。トム・ハートマンさんの「ハンター・ファーマー仮説」によると、ADHDの人々は視覚優位で生きてきたハンター(狩猟民族)の数少ない生き残りで、大多数のファーマー(農耕民族)とは性質が異なるそうです。しかし、現代の学校はファーマー養成所で、ハンターをほとんど考慮に入れていませんし、企業もハンターの性質を理解しているとはいえません。ハンターは営業やジャーナリスト、起業家、新規事業開発、スカウトなどに向いていますが、マネジャーには向いていません。忍耐強さや計画性、規律正しく行動する能力が高くないからです。優秀な営業なのに、営業マネジャーとしては失格だという人は、ハンターの可能性が高い。彼らにマネジメントをさせるのはあまりお勧めできません。例えば、こうしたハンターの習性を学校や企業、ひいては国に深く理解していただき、彼らが生きやすい社会を創っていきたいのです。

 企業にとっては、採用や人事配置のミスマッチを減らせるというだけでも、障害への理解を深めることは有益でしょう。国にとっては、子ども時代の10年間にしっかりと投資し、豊かな教育の生態系を実現できれば、その後の60年、70年に社会で活躍する人を増やすことができ、国民の幸福度を上げることができ、ひいては国のさまざまな支出を減らすことができます。これだけのメリットがあるのですから、国は教育改革にもっと本腰を入れるべきではないでしょうか。

 教育の生態系の一部として、私たちは「家庭教育」を変えていきたいという思いももっています。以前、棋士の羽生善治さん、チームラボを率いる猪子寿之さん、書道家の紫舟さんなど、社会で活躍している個性的な方々にインタビューしたことがありますが、共通していたのは、家庭での教育が良かったということ。今の社会では、学校で認められにくい個性的な子どもほど、家庭教育の質が重要です。Qremoに来ると、子どもたちだけでなく、親御さんたちも変わっていきます。例えば、アスペルガー症候群の我が子が自信をつけていくに従って、「無理をして学校に通わせるより、ここで自分の生き方を見つけてもらう方がいい」と考え方が変わる方が少なくないのです。こうした事例を見るにつけ、親世代の啓蒙や教育文化づくりの重要性を感じます。家庭教育のレベルアップにも、チャレンジしていきたいと思っています。

自分の得意分野以外は、ほとんどアウトソーシングできるようになるでしょう

長谷川社長は、今後、「働く」ことはどうなっていくとお考えですか。

 米デューク大学のキャシー・デビッドソンさんは、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と予測しています。おそらく日本でも、同様の事態が起こるでしょう。よく考えれば、今も新たな仕事が次々に生まれています。例えば、私が子どものとき、「ユーチューバ―」などという仕事ができるとは思ってもみませんでした。趣味、興味、関心の延長線上でビジネスを行う人は、今後一層増えてくるでしょう。ブロガー、ネイルアーティスト、プログラマーなどは、趣味から需要が生まれてマーケットが発達し、職業化されていった仕事ですが、そういったものがあらゆる分野で現れるに違いありません。

 銀行、ベンチャーキャピタル、クラウドファンディングなどから資金を調達することが、今や一時期よりずいぶん簡単になりました。モノを格安で入手する、あるいは借りる手段も豊富になりましたし、情報はインターネットに溢れ返っています。昔、ビジネスで重要なのは「人・モノ・金・情報」といわれましたが、これからはほぼ「人」だけで差がつく時代です。その意味では、確実に「人に投資しやすい社会」になってきており、その傾向はますます進むでしょう。私たちにとっては追い風です。この追い風が順調に吹けば、2030年には社会の障害の多くをなくせるのではないかと考えています。精神障害の方々は、朝のラッシュがとても苦手で、ラッシュに遭遇すると一気にモチベーションと生産性を落としてしまいます。彼らがもっと遅く出社してもよいというルールができれば、本人にも企業にもプラスです。過集中のアスペルガー症候群の方々のなかには、1時間働いて、1時間休憩するワークスタイルで高い生産性を発揮する人もいます。こうした多様なワークスタイルが認められる社会になっていると、私は信じています。

 それから、ITの発展に加えてロボットが発達すれば、自分の得意分野以外は、ほとんどアウトソーシングできるようになるのではないでしょうか。ここ20年30年で企業におきた変化の1つは、アウトソーシングです。つまり「強みにフォーカス」するということ。次はこの流れが個人にやってくると考えています。例えば、ビジュアライズの苦手な人がパワーポイントの資料作成をアウトソーシングする、あるいはロボットが代わりに事務処理をしてくれるようになるのです。人は、自分の好きなこと、得意なことだけをする方が確実に幸せで、生産性も上がるもの。社会の障害を減らし、ロボットを上手に活用できれば、人口減少時代にGDPを上げていくこともできるのではないかと思います。

インタビュー:古野庸一

長谷川敦弥氏プロフィール
株式会社LITALICO 代表取締役社長
1985年岐阜県多治見市笠原町に生まれる。2008年名古屋大学理学部卒。2008年5月、株式会社LITALICOに新卒として入社し、2009年8月に代表取締役社長に就任。「日経ソーシャルイニシアチブ大賞」 国内部門のファイナリストに選出。アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパンにおいて、ファイナリストに選出。Infinity Ventures Summit 2014 Fall Kyotoに登壇。東大アントレプレナー道場にゲスト講師として登壇。その他、講演実績多数。

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