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2030年の「働く」を考える

オピニオン#23 野田先生 2015/7/13 これからは、日本のミドル・シニアがセカンドキャリアを自ら充実させていく時代です 社会人材学舎 塾長 明治大学 大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田稔氏

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個人視点ミドル・シニアが転職を成功させ、セカンドキャリアを築いていくことは十分に可能です。
企業視点日本のミドル・シニアと中堅・中小企業は、大きく見れば相思相愛です。
社会視点日本人はワークとライフを一緒くたにして、楽しく長くゆったりと働くようになるのではないでしょうか。

40代、50代のビジネスパーソンが、仕事を見つめ直し、
豊かな人生を手に入れる「知命塾」を開いています

野田先生がなぜ「社会人材学舎」を始め、「知命塾」に力を入れているのかをお教えください。

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 「日本には、能力を十二分に発揮できていないビジネスパーソンがたくさんいる」という問題意識が、すべての発端です。特に日本の大企業には、20代、30代の若手・中堅社員が自由にチャレンジできる余地がそれほど残されていません。ビジネスモデルが完成して分業化が進んでいる上に、コンプライアンスとコーポレートガバナンスが制約となっているからです。結果的に、会社の片隅で、日々ルーティンワークをする優秀な人が少なくないのが現状です。新卒社員の私がいきなりコンサルティングを任せられた35年前とは、状況がまるで違う。労働における人間疎外が確実に起こっているという実感がありました。

 そこで私は盟友の伊藤真とともに、30代ビジネスパーソン向けの学校を開こうと考えました。大企業で活躍の場を自ら切り拓いていける30代、実力にふさわしい場に転職して力を発揮する30代を数多く育てたかったのです。「社会人材学舎」は、もともとそのために立ち上げた組織です。

 ところが、社会人材学舎のお披露目の席で、仲の良い中村一正さん(リクルートエグゼクティブエージェント・シニアディレクター)に言われました。「今、最も力を持て余しているのは、30代ではなく、50代の役職定年者の方々ではないでしょうか」。そのとおりでした。大企業の40代後半から50代には、能力に見合った業務を与えられていない「雇用保蔵人材」が非常に多い。彼らの力を活かすことは、国力の向上につながるほど重要なことです。中村さんの一言で、私たちは急遽、40代、50代向けの「知命塾」開設に大きく舵を切りました。知命塾の名は、論語の「五十にして天命を知る」から採ったもの。自らの使命を自覚して邁進するミドル・シニアを数多く生み出す学び場であることを表しています。

日本のミドル・シニア層が転職できない最大の理由は、「枠にはまっている」から

これまで3期、知命塾を開催してきたと伺っています。率直な感想をお聞かせください。

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 入塾時、塾生のほぼ全員が、自分はこれまで経験してきた仕事しかできないと考え、転職する際には同じ仕事を探すつもりだと言います。しかし、それでは選択肢があまりに少ない。40代、50代が、特定産業の特定職種に絞って仕事を探しても、タイミングよく見つかる可能性はゼロに近いのです。

 なかでも他の仕事に就けないという思い込みが強いのは新聞記者の方々で、「私は新聞記者しかできないのです」と皆さんおっしゃいます。しかし本当は、新聞記者の方々は転用可能なスキルをたくさんおもちです。相手の懐に飛び込みアポイントを取る力、相手から話を聞き出す力、論理構成力、調査力などは、他の仕事をする際にも十分に役立つ可能性があります。私たちは、こうして仕事で身につけた能力を「大人CAN」と名づけ、職務内容から転用可能なスキルを引き出していくことを「大人CANの因数分解」と呼んでいます。大人CANを因数分解すると、意外なスキルが見つかることも珍しくありません。

 一方には、「原点can」があります。仕事に就く前、小学校から大学までの頃に好きだったこと、得意だったこと、熱中したこと、趣味などのことです。誰しも、子どもの頃はさまざまな原点canがあるもの。原点canも因数分解すると、興味深いスキルや方向性がいろいろと出てきます。

 大人CANと原点canの因数分解が終わったら、「Canの統合」をして、可能性のある職業をいくつも挙げていきます。Canを統合すると、自分は何ができるのかを語る言葉をもてるようになり、他の職業に就ける可能性を実感でき、より広い視野で考える姿勢が身につきます。

 日本のミドル・シニアの一番の問題点は、「枠にはまっている」ことです。自分を過小評価し、今の仕事しかできないと思い込むのも枠の一種。他には、都会から離れられないといった価値観の枠、大企業病という枠にはまっている方も多くいます。数多くの職を経験してきた方、留学経験のある方などは例外ですが、大企業の永年勤続者の塾生は、全員が何かしらの枠にはまっているといっても過言ではありません。

Canを統合し、Mustを縮小した上で、自ら「Will」を発見することが大切です

ミドル・シニアの方々が転職を成功させるには、どうしたらよいのでしょうか。

 まず、今ご説明したCanの統合をした上で、「Mustの縮小」を経て、「Will(やりたいこと、やるべきこと)」を発見し、自ら「セカンドキャリア」を実現していく必要があります。これは知命塾独自のメソッドです。

 多くのミドル・シニアの方々は、「Mustの呪縛」にがんじがらめになっています。年収を維持しなくてはならない、家族のために今住んでいるところを離れてはならない、子どもが小さいうちはリスクの高い転職や起業をしてはならない、世間体のために大企業を離れてはならないといった考えが、可能性を狭めています。

 しかし、そのなかには、本当に必要なMustとカットできるMustがあります。例えば、今後の生活に必要な費用を具体的に計算すると、数年後には住宅ローンと子どもの教育が終わり、年収を200万円、300万円下げても大丈夫だと判明する方が少なくありません。そうでなくても、人は年を取るにしたがって、少しずつお金を使わなくなるもの。しかも、大企業の永年勤続者の場合、退職金を計算に加えることができます。今住んでいるところを離れてはならない、大企業を離れてはならないといったMustも、改めて熟考する、あるいは家族に相談すると、実はMustではなかったというケースがよく見られます。こうしてMustを仕分けしていくと、身軽になれるのです。

 Canを統合し、Mustを縮小したら、いよいよWillを発見して形にしていきます。ミドル・シニアのWillで特徴的なのは、「世代継承」の欲求が強まること。自分の技術を若手に伝えたい、子どもたちのために日本社会を良くしたいといった気持ちが出てきます。その気持ちを明らかにしていくことが、Willの発見にも強く影響します。

自らを鍛え直し、チャレンジの仕方を知れば、
セカンドキャリアの実現は十分に可能です

しかし、Willの実現は、決して簡単ではないと思うのですが。

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 世の中にミドル・シニア層を採用する求人は少なく、確かに転職は難しそうに見えます。起業や異動のチャンスも少なそうです。しかし、自らを鍛え直し、チャレンジの仕方を知れば、ミドル・シニアが転職、起業、異動などを成功させ、セカンドキャリアを築いていくことは十分に可能です。

 なお、知命塾では、これまでご説明したWillの発見までを「志フェーズ」として、1.5カ月ほどかけて学んでいただきます。その後、ビジネスパーソンとしての腕を磨き直す「実践フェーズ」、セカンドキャリア獲得の具体的準備をする「挑戦フェーズ」へ入っていきます。最近、私たちは、『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか』(日本経済新聞出版社)という本を出版しました。ここに知命塾の考え方やノウハウ、セカンドキャリアの具体例などをまとめていますので、興味のある方はぜひお読みください。

 実践フェーズ以降は、中堅・中小企業への転職や起業を想定した内容になっています。現実的に大企業への転職の道が限られていることも確かですが、塾生のなかに「大企業では働きたくない」「自分のWillは中堅・中小企業で叶えられる」と考える人がかなり多いことが、中堅・中小企業を意識する大きな理由です。一方の中堅・中小企業は、大企業出身のミドル・シニアを必要としているところが多い。バブル期はかなりの学生が大企業へ入社し、中堅・中小企業は新卒採用が難しかったため、現在の部長クラス以上の人材が不足しています。日本のミドル・シニアと中堅・中小企業は、大きく見れば相思相愛なのです。

 塾生には、いろいろなスキルを学んでいただきます。たとえば「交渉」です。中堅・中小企業では、大企業に比べて交渉の苦労が格段に増します。相手と一緒に目標を定め、山登りするのが交渉だということを知らずに大企業から転職すると、痛い目に遭います。「論理的に文章を書く力」も改めて鍛えます。大企業で部長クラスになると、自分で文章を書き、企画書を作る機会が激減しますが、転職すればそうはいきません。自分で再び手を動かすことが求められます。大企業独特の「石橋を叩いて渡る仕事の進め方」は、中堅・中小企業では通用しないといった心構えも伝えます。いずれにせよ、最も大切なのは「学び続ける力」で、これは伊藤真の「パワー・ラーニング・メソッド」を直伝し、伸ばしていきます。

 「雑用力」も見過ごせないスキルです。少なくとも入社してしばらくは、自分でオフィス複合機を操作しなくてはなりません。巧みに複合機を使いこなし、単にコピーするだけでなく、ソート機能、ホチキス機能などを駆使できれば、社内で一目置かれるはずです。

仕事を創りにいく「ジョブ・クリエイト」が、ミドル・シニア層の転職には効果的

ミドル・シニアを採用する求人が少ないという現実は、どのように克服しているのでしょうか。

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 おっしゃるとおり、40代後半以降の方を採用する求人はぐっと減ります。しかし実際は、潜在的な人材ニーズはあるのです。それを掘り起こすために、私たちは大きく2種類の「ジョブ・クリエイト」を行っています。一見仕事のないところに、仕事を創りにいくわけです。

 1つは塾生たちに提案させる方法で、知命塾の「挑戦フェーズ」に当たります。知命塾には、塾生の提案に耳を傾けてくれる企業経営者のネットワークがあり、私たちはそのなかから、塾生一人ひとりに適した企業を選びます。塾生は徹底的に企業研究を行い、課題解決に向けた企画書を創り上げ、提案に伺いますが、提案がすんなり通ってめでたく入社、というケースは滅多にありません。むしろその場で、「今のウチの本当の課題は…」と経営者の方に語っていただけたら、こちらのもの。それがいわば入社試験で、少し信頼していただけた証です。塾生が1週間ほど必死で考えて再提案したものが認められ、「試しにやってみるか」となれば合格です。

 以前、ある企業に新サービスのアイデアを提案した塾生がいました。そこで彼は、「細かなアイデアもいいのだけれど、私たちは一体これからどちらへ進んだらいいのだろう」と社長に言われ、すぐさま次回提案のチャンスをキャッチ。技術革新の方向性、事業展開の可能性を企画書にまとめ、見事に採用されました。今、彼は次世代事業開発責任者として会社の未来を担っています。

 驚くかもしれませんが、知命塾の塾生は、ほぼ全員がこういった提案をして、セカンドキャリアへ踏み出しています。日本のミドル・シニアの大半は、実力を発揮する方法を知らず、機会が与えられていないだけで、実はジョブ・クリエイトする力を十分に備えているのです。ジョブ・クリエイト力は、転職だけでなく、起業にも効果がありますし、自社で職域を拡大する、あるいは異動する際にもおおいに役立ちます。実際、これまでの塾生はおよそ1/3が転職し、1/3が起業、残りの1/3は自社に残り、職域拡大や異動を経て活躍しています。転職だけが、セカンドキャリア実現の道ではありません。

 もう1つのジョブ・クリエイトは、私たちが経営課題型の求人ニーズを発見してくるというもの。中堅・中小企業の経営課題のなかには、人材を採用することで解決できるものがあります。株式公開の際には、株式公開経験のある元・総務部長がいると大助かりですし、若手営業の育成に苦労している場合は、営業マネジャー経験者を外から入れればよいのです。若手に比べると長く雇わなくてよい、質の高いスキルをすぐに獲得できるなど、ミドル・シニア採用には企業側のメリットも多い。増やしていく余地は十分にあると感じています。

中堅・中小企業では、実力を発揮すれば、給与が上がる可能性が高い

転職を実現した方の入社後について、お聞かせください。

 中堅・中小企業へ転職した場合、最初はどうしても給与が低くなりがちですが、実力を発揮すれば、1~2年で給与が上がるはずです。中堅・中小企業の経営者の方々は、自分の目で実力を確かめれば、必ず相応の対価を支払うのです。ですから私たちは、転職を目指す塾生には「給与は入ってから勝ち取ろう」と伝えています。もちろん給与だけでなく、任せられる仕事も大きくなり、ポジションも上がっていくでしょう。大企業でのマネジメント経験は、入社時のアピールポイントにはなりませんが、実は入社後に活かせるシーンが多い。実際にマネジメント力を活用して、マネジャーはもとより、いつの間にか社長の相談役になった塾生、若手の教育担当になった塾生がいます。

「働かざる者、仕事すべからず」の時代が少しずつやって来ます

知命塾の活動をとおして見えてきた未来の日本の「働く」とは、どのようなものでしょうか。

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 これまでの日本では、地位や名誉への欲求、仲間を得る欲求、成長欲求のすべてを1社で満たし、1社から全収入を得るのが一般的でしたが、今後、それができる人は確実に少なくなります。以前、ある企業で「入社以来、まったく出世していない人」の調査を行いました。経営側は、彼らが不祥事の温床になっているのではないかと危惧していましたが、杞憂でした。彼らは、職場では自分の改善提案が認められたことに喜びを感じ、マネジメントへの欲求は草野球の監督などをして解消し、地域では近所のお年寄りの家で障子の張り替えなどのボランティアをして、自宅では農業をして自分たちの食べる野菜を作っていました。十分に人生を謳歌していたのです。

 昨今、経済的な満足は会社で、心の満足はプロボノやボランティアで得ることが一種のブームになりつつありますが、この傾向はさらに進むはずです。1社では収入が足らず、兼業やフリーランスでいくつもの収入源を抱える人も増えていくでしょう。「合わせ技一本」のキャリアや生き方が一般的になるのではないかと思います。

 日本には、これから少しずつ「働かざる者、仕事すべからず」の時代がやってくるだろうと予測しています。ここでいう「仕事」とは、コトに仕えてお金を稼ぐこと。「働く」とは、傍(ハタ)を楽(ラク)にすることで、地域の清掃、お祭りの準備、家事労働などはすべて働くことです。聞いた話ですが、長野県伊那谷では「仕事」と「働く」をこのように使い分けており、それをお借りしました。少子高齢化が進めば、税金の減少により、公的サービスの一部を民間、あるいはボランタリーなコミュニティに移行せざるを得ません。ことに日本の人口が1億人を切る2046年以降、それは極めて重大な話になってくるはずです。そうなれば、コミュニティ維持に必要なボランティア業務をしない人、つまり「働か」ない人はコミュニティの一員と認められない世の中になるのではないかと思うのです。

東京以外は、ワークとライフを一緒くたにして、楽しく長く働くようになるのでは

そもそも100年前は、労働という言葉がなかったのですよね。

 そうです。今、ワークライフバランスが盛んに言われていますが、「働かざる者、仕事すべからず」の世界では、ワークもライフも「働く」ことに含まれるでしょう。特に高齢者が増えていくほど、日本人はワークとライフを一緒くたにして、楽しく長くゆったりと働くようになるのではないかと思います。高齢者は、若者のように長くハードには働けませんから。すでに地域ではワークとライフの境界線があいまいで、けじめをつけずに働く人が見受けられます。おそらく東京だけは、今後もグローバルスタンダードに合わせてワークとライフをきっちり分けていくでしょうが、それ以外の地域は変わっていくだろうと思います。

インタビュー:古野庸一

野田稔氏プロフィール
社会人材学舎 塾長
明治大学 大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授
リクルートワークス研究所特任研究顧問も務めている。1981年一橋大学商学部卒業、同年野村総合研究所入社。1987年一橋大学大学院商学修士。野村総合研究所経営コンサルティング、多摩大学を経て、現職。NHK「Bizスポワイド」「経済ワイドビジョンe」メインキャスター等を務める。著書に『当たり前の経営―常識を覆したSCSKのマネジメント』『組織論再入門』(共にダイヤモンド社)など、共著に『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか』(日本経済新聞出版社)、『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)、『あたたかい組織感情』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。

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