オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#22 伊藤氏 2015/6/29 モンゴル武者修行ツアー、床張り特訓WS、遊撃農家といった「ナリワイ」を研究中です ナリワイ 代表 伊藤洋志氏

オピニオンのトップへ

個人視点働くことと生活の充実が一致し、心身ともに健康になる仕事を「ナリワイ」と呼んでいます。
個人視点ナリワイは、お金をかけずに生活を楽しみ、仲間を作り、遊びを創る技術です。
社会視点世の中には、ナリワイになりそうな、拾われていない素材がまだまだたくさんあります。

6月初めからしばらく、「遊撃農家」として、和歌山で梅の収穫と販売を行います

伊藤さんが手がけている「ナリワイ」とは、一体どのようなものでしょうか。

写真1

 個人レベルで始められて、自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事を「ナリワイ」と呼んでいます。働くことと生活の充実が一致し、心身ともに健康になる仕事と説明することもあります。ナリワイは弱いコンセプトで、厳密な定義はないのです。例えば、「遊撃農家」というナリワイがあります。ちょうど来週(※6月初め)から、私はしばらく和歌山に行って、農繁期限定の「梅の遊撃農家」となります。収穫期に入った梅の収穫を手伝い、専業農家の方が自力で売れない余剰分を「ナリワイ遊撃梅農家」でネット直販するのです。

 もともと遊撃農家は、農作物の流通問題を解決しようとして始めた取り組みです。農繁期の農家さんたちは猫の手も借りたいくらい忙しく、ネット直販などをしている暇はありません。直接販売もやりますが、すべてというわけにはいかず、作ったものの多くは農協などの流通機構をとおして販売するのが一般的。しかし、大きなシステムに頼るだけでは、生産者に残る収益が少ない、こだわりの作物を適切に販売できない、といった問題をいつまでも解決できません。そこで私が遊撃農家となり、農繁期の忙しさを和らげながら、SNSなどで収穫風景を実況してネット直販を行えば、買う方も親しみが出ますし、大きな流通で売ることができない完熟度の高いものを届けられる。農家さんは創意工夫して育てた作物を適正な価格で販売でき、取り分が増え、労働力も確保できます。販売する私としても、ただセールスを担当するより、農家の一員として実感を持って販売することができますし、現地から注文を受けた分発送するので在庫がありません。買う方、収穫農家さん、私、それぞれが得をする仕組みです。

 梅の遊撃農家は今年で4年目。自然落下する寸前で収穫した一番味の濃い大粒の梅を、採ったその日に発送します。消毒回数が少なめの、完熟寸前の大きな青梅です。1年目はTwitterだけで20箱、2年目にWebページを作ったら100箱に増え、去年は140箱ほど売れました。成長は緩やかですが、リピーターが多く、作った人が分かるから安心して買えると好評です。今年はどんな人に届けられるのか楽しみです。梅のほかに、みかんの遊撃農家も行っており、近く桃も始める予定です。

専業化すると飽きるから、いくつものナリワイを組み合わせて暮らしています

他には、どのようなナリワイがあるのでしょうか。

写真2

 初めて作ったナリワイは、モンゴル武者修行ツアーでした。2007年から始めて、今も年2回、10数名ずつで開催しています。モンゴルの草原での生活を1週間ほど楽しみながら、ゲルの建て方、乗馬、羊のしめ方や料理などを覚えて帰ってくる旅で、スケジュールを作り込まず、参加者全員で何をするかを相談して決めるのが特徴。ホーミーを習いたい人がいれば先生を見つけてきますし、疲れたら休みます。うまくいけば、現地の子どもたちと一緒に5キロの競馬体験ができますが、これも皆の希望と運次第。ウランバートルでは小チームに分かれ、今やハイブリッドカーが走るほど急速に発展する現代モンゴルを肌で感じていただく時間も作ります。皆で観光名所を巡るといったことはしません。少人数で協力して楽しむという個人企画だからこそ実現できるツアーです。

 床張り特訓ワークショップは、和歌山にある木造校舎の床が台風で水没してしまい、安価で張り直す方法はないかと相談されたことがきっかけで始まったナリワイ。現在は、全国床張り協会なるものを立ち上げ、全国で床張りワークショップを開催しています。大工さんを講師にお呼びして、数日間~1週間で、皆で楽しく床の張り方を学び、実際に張るイベントです。Webサイトで参加者を募ると、床を張ってみたい方々が集まってきます。発注する方は素人が張るのを許容すれば人件費を圧縮でき、私は企画運営と技術指導する代わりに参加費の収入があり、参加者は楽しく技術を覚えられる。これも全員が得をする仕組みになっています。他に、熊野暮らし方デザインスクールナリワイ婚礼サポート、ブロック塀破壊など、さまざまなナリワイを試しては方法論を確立しています。面白ければ自分で続け、相性が悪いと思えば自分はやめて、やりたいと手を挙げた人に伝授していきます。

 最近は床張り特訓ワークショップの依頼が多く、毎月のように床を張っていますが、あまり増やさないよう気をつけています。1つのことばかりやると、飽きてしまうからです。床張りが毎週になってしまえば、早晩、仕事をこなすような感覚になるでしょう。ナリワイは、プロを上回る成果を発揮する可能性を秘めており、実際に床張り特訓ワークショップの参加者たちは、完璧とはいえないものの、意外なほど施工精度は高い床を張れることがしばしばあります。しかし、これは皆が強い興味を維持しているからこそできること。慣れきってしまったら、十分な成果を出せなくなるでしょう。ナリワイは楽しく人生を充実させていくもの。こなすようになっては本末転倒です。モンゴル武者修行ツアーも、年2回だから長く続けられているのです。専業化は目指すところではありません。多様なナリワイを組み合わせて自分の暮らしをデザインするのが、私の基本スタンスです。

弟子たちが一番伸びている工房は、多様なナリワイをしていたのです

伊藤さんは、なぜナリワイを始めたのですか。

 大学時代、昔の農民には農業だけをしている人はあまりおらず、一人で複数の仕事をするのが当たり前だったと知って、将来は同じようにいろいろな仕事をしたい、自分の生活に必要なものを作り、余剰分を売るような生活をしたい、その方が健康的だし、とくに地方で暮らすには向いているのではないか、と思ったのが、そもそもの始まりです。大学院では全国の職人の方々の見習いをしながら、弟子の技能の身につけ方、独立生計の立て方を調査したのですが、見習いをしたなかで弟子が一番伸びていたのは、農業、大工などいくつもの副業を手がける染物工房でした。日本の職人の方々が働く現場で、今の日本にも複数の仕事をしている人がけっこういることを知って、ナリワイの研究をしようと明確に考えるようになりました。

 大学院を出た後は、東京で新卒社員4人のベンチャー企業に参加して、求人メディアを立ち上げ、創刊に成功したのですが、寝不足で肌荒れがひどく、十分経験値も得たので、1年足らずで退職しました。退職から1、2年は、婚礼用の人力車引き手や美術館ホテルの泊まり込みバイトなど経験になりそうなバイトを積極的にしたり、当時問題になっていた日雇い派遣なども経験しました。そのなかで、現代日本の働き方への疑問がより明確になり、家での生活と会社生活が分離したままでいいのか、これがマルクスの言うところの「労働疎外」か、といったことを考えていました。「増刊現代農業」(現:「季刊地域」)などでフリーランスの記者をしながら、まずは自分の生活の自給度を高めようと仲間たちと一緒に世田谷区のボロボロの民家を自ら改装し、ギャラリー兼イベントスペースの運営を始めました。床張りは、このときに初めて自分たちで実行。実をいえば、このスペースを作ったのは、飲食店での惰性的な飲み会の回数を減らしたかったからでもあります。飲み会付きのイベントを定期的に開催して、皆で楽しみながら飲み代を浮かせていました。

将来、収入が変動しても、生活の面白さを落としたくない

伊藤さんがナリワイを研究し続ける理由はどこにあるのでしょう。

写真3

 床張りや農業など、生活に直接使えるDIY技術を覚えることに興味があります。建物の床が自分で張れたら、プロにお願いするよりも相当安上がりですし、何より材料選びとか自由にできるので楽しい。実生活で役立つこともあるでしょう。実は今、全国床張り協会では、床張りから発展して、ほぼ一年かけて家の建て方を習う長期プログラムを始めています。材料となる木の伐採はすでに終えており、次は木の運搬。家を建てるのもナリワイにならないかなと。私は自給自足までするつもりはありませんが、住居の自給度を高めることは目指しています。本来、住居の自給は誰でも学べばできること。全部自力で作ってもいいし、そうでなくても中身を知れば、優れたプロを選べますし、良い仕事をしてもらえる頼み方もできます。ナリワイをマスターすると、ローコストで暮らせるようになりますし、実になるお金の使い方ができるようになるわけです。

 ナリワイは、お金がなくても遊びをつくる技術でもあります。将来、たとえ一時的に収入が落ち込んでも、今のやり方であれば生活の面白さが落ちない。ナリワイは、生活の面白さを自分で開拓するために行っていることでもあるのです。モンゴルツアーも自分が行きたいから始めたもので、自ら先頭になって楽しんでいますし、一棟貸し京町家「古今燕」は、学生時代を過ごした京都にたまに帰るのに便利だから作った場所です。近代以前は、提供者が最初に楽しむ人間でした。私もそうありたい。生命保険をかけて安心を得るより、太極拳を習いたい、ということです。

 私のやっているナリワイは、皆で行うものが多いです。人に依存していて属人的なので、ビジネスモデルとしては成長がゆっくりです。でも、Webサイトや著書などで価値観を発信すると、共感してくれる仲間が集まってきて、新たな情報や価値観を提供してくれます。そこで出会った人たちに役立つナリワイを新たに開発していく。その繰り返しです。ナリワイをつくるということは、仲間を作ることといってもいいでしょう。もちろん、私の方法論を応用する仲間が出てくるのは大歓迎です。実は2014年、モンゴル武者修行ツアーの方法で、タイの山岳民族に竹の家の作り方を習う「タイ武者修行ツアー」を一緒にスタートした方がいます。このように応用問題を解きたい方々には、積極的にやり方を共有していくつもりです。

 ナリワイは、それぞれのモデルが一つの社会の文化資源になることを目指しているし、ナリワイ単体でも個々人の人生の質を高めるために役立つものなのです。

インフラ次第でナリワイが広まる可能性は十分ありますが、文化を育てるのも大事です

ナリワイは、これから広まっていくのでしょうか。

 インフラとツール次第で、ナリワイが広まる可能性は十分にあると思います。例えば、Airbnbで自分の生活美を追求した自宅の余剰スペースを貸し出すのも、一種のナリワイといえます。自分が快適に過ごせるように創意工夫して作った空間を他人におすそ分けする。Airbnbをきっかけとして、余った家のスペースを貸し出し、収入を得ている方が日本にも生まれてきています。ごく個人的な生活美の探求が、外部に開かれ経済性を生んでいるのが面白いところです。

 同様に、方法論がしっかりと確立され、インフラとツールが整えば、広まるナリワイは他にもきっとあるでしょう。ただ、そこにはプラットフォームを使う人の倫理観や文化が重要です。ナリワイとは、現代的な意味での生業ですが、各人が自力を育てられる生活文化をつくる、というテーマも持っています。「簡単に稼げる」というガサツな思考の人が集まれば、プラットフォーム自体は文化を育てることができず、やがてプラットフォーム間の価格競争、囲い込み競争に陥り、ビジネスとしては大きくなったとしても人間の生活にとって意味のないものになります。

 私自身は、今はナリワイを広めることに重点を置いていません。私の興味は、自分自身と周辺の仲間がさまざまなナリワイを楽しめる環境を育てること、これらを実践的に研究開発し、それぞれのナリワイの方法論を確立することにあります。一つひとつは大きなビジネスにならないが、生活の質も高め複業の一つになるナリワイの世界はフロンティア。世の中には、ナリワイになりそうな、拾われていない素材がまだまだたくさんあります。

インタビュー:古野庸一

伊藤洋志氏プロフィール
ナリワイ 代表
京都大学大学院農学研究科森林科学専攻修士課程修了。学部卒論は「水の安定同位体比を利用したヤクタネゴヨウの吸水深度の推定」、修士論文は「職人技継承の条件」と理科学研究の後、参与観察研究に従事する。零細ベンチャーの立ち上げメンバー、農業Webマガジンの編集長を経て、頭と体が丈夫になってやればやるほど仲間が育つ仕事を「ナリワイ」と定義し、仕事と生活と遊びが一体化したナリワイづくりに取り組む。著書に『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』、共著に『フルサトをつくる:帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方』、監修に『小商いのはじめかた』(いずれも東京書籍)などがある。

ページトップへ