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オピニオン#21 小島氏 2015/4/6 仕事のない人々への就農支援がもっと日本に広まったらと思います 株式会社えと菜園 代表取締役 小島希世子氏

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個人視点ホームレス、生活保護受給者、ニートの方々のなかには、農業で活躍できる人がたくさんいます。
社会視点人手不足の農業界を救う人材は、仕事のない方々のなかに多数存在します。
社会視点仕事のない人々への就農支援が進まないのは、支援側の収入源がないことが大きな理由です。

本業は野菜栽培家。その延長線上で、ホームレス、生活保護受給者、ニートの方々への就農支援をしています

まずは自己紹介をお願いします。小島さんはどのようなことをしているのでしょうか。

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 本業は「野菜栽培家」です。ここ神奈川県藤沢市で、日々、無農薬、無肥料の野菜を自分の手で作るのが私の仕事です。他に「えと菜園オンラインショップ」では、できるだけ農薬に頼らない農業をしている熊本県の農家さんたちと契約して、彼らの作った野菜などを販売しています。2011年からは、お子さんから年配の方まで、誰でも種まきから収穫まで楽しめる「体験農園コトモファーム」も開いています。そして、NPO法人「農スクール」では、ホームレスや生活保護受給者、ニートなど、仕事のない方々への就農支援を行っています。

今日は特に、農スクールについて詳しく伺えたらと思います。

 農スクールは、一言でいえば、ホームレス、生活保護受給者、ニートの方々が最初の一歩を踏み出すための体験スクールです。彼らのほとんどは、深く自信を失っており、第一に自分で自分を信用できていません。心身のバランスを崩している、あるいは何らかの病気を抱える人も少なくありません。
 そこで、農作業を中心とした全10回のプログラムを通し、大地に触れて心身のバランスを取り戻すと同時に、「自分は働ける、自分はできる」 と感じ、自信を回復してもらうことを目指しています。「小さな種から野菜を育て上げる」という経験は、ある種の成功体験の積み重ねですから、自分への自信を取り戻す一歩になります。
 プログラムを体験した後、本格的に農業に取り組みたいと思った方には、私がつながりのある農家さんと連携して就農先を探しています。10日も一緒に作業すると人となりが分かってきますから、相性が良さそうな農家さんと引き合わせるようにしています。一連のサービスは無料です。職業紹介事業でもないので、現在の農スクールはほとんど収入源がなく、主に寄付によって運営しています。

参加者はどのようなところからやって来るのでしょうか。

 連携するホームレス支援団体、生活保護受給者支援団体、若者就労支援団体といった組織からの紹介が多いですが、それ以外にもさまざまなケースがあります。今日、農スクールに来る予定だったホームレスの方は、ある女性からの紹介です。その女性が私の書いた『ホームレス農園』の読者で、近所にいたホームレスの方に、日々のおにぎりの差し入れから始めて粘り強く声をかけ、ある日農スクールに誘ってくださったのです。今日はちょうどシェルターへの引っ越しと重なって来られなかったのですが、次回からはいらっしゃる予定です。

彼らのなかには、農業にうってつけの即戦力も未来の優れた農業者候補もたくさんいます

なぜ、仕事のない方々への就農支援を始めたのでしょうか。

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 採用アピールのために社員寮を新たに建てる農家さんや、年齢不問で募集している農家さんがあるほど、農業界は人手不足です。一方、日本には仕事のない人がたくさんいます。両者をつなげば、農業にも雇用にもプラスになると、私はあるとき気付きました。しかし、実行している組織が他になかったので、それなら自分でやってみようと思ったのです。
 2008年に、ホームレスの方を初めてアルバイトに雇い、ほどなくして就農支援を始めました。当初はホームレスの方だけを対象にしていましたが、現在は生活保護受給者やニートの方々も受け入れています。
 ホームレスや生活保護受給者の方々のなかには、もともと建築関係の仕事に就いていた方など、自信さえ回復すれば、農家にうってつけの即戦力が少なくありません。ニートの方々は皆さん真面目で、モチベーションが高く、真剣に作業に取り組むのが特徴です。しかし、農家さんは、彼らのなかに未来の優れた農業者候補がたくさんいることを知りません。一方、仕事のない方々にとっては、仕事内容のイメージがつきにくく、業界の内情も分かりにくい農業は、なかなか就職先の選択肢に挙がらないのです。

就農支援で難しいのは、マッチングとコ-ディネーションです

就農支援をする上で難しいのはどのような点でしょうか。

 就農を希望する方と相性の良い農家さんを探すことです。農家さんは、実は1軒ごとにカラーが違います。一から十まで少人数が手作業で行うところもあれば、分業化が進んでいて単純作業が多いところも、フォークリフトなど機械のオペレーションが主な仕事という農家さんもあります。農家さんによって、業務内容も社風も働く方々の志向も多種多様なのです。ですから、その人に適した農家さんを見つけなければ、双方によくありません。
 うまくいった例を1つ紹介すると、1期前の農スクールに、働く意欲の高いニートの方が来ていたのですが、ただ極度の人見知りで、携帯電話をもてないほどでした。私は、彼をある個性的な農家さんと引き合わせました。山奥で携帯電話をもたずに農業を営んでおり、当然栽培方法も農薬・化学肥料を一切使わないというこだわりの方です。性格も、目指す農業の方向性も合うのではないかとは思ったのですが、最初から予想以上に意気投合して、すぐに就農が決定しました。私からは、不満を溜めず、納得いくまでとことん話し合ってくださいと2人にお話しして、送り出しました。先週連絡してみたのですが、2人とも楽しそうにやっており、互いに喜んでくれています。
 もう1つ、苦労するのはコーディネーションです。日々の農作業では、コミュニケーション力があまり求められない現場もあります。腕の良い農家さんでも、話すのが苦手な人はたくさんいます。仕事のない方々は話すのが上手でない場合が多いですから、日々の作業でそれほどコミュニケーション力が求められないのは、基本的に都合が良いのですが、面接時は困ります。受け入れ先の農家さんも就農希望者も、2人とも無口で、自己アピールや条件の話し合いがうまくいかないことがよくあるのです。この場面をサポートするコーディネーターがいれば、マッチングの成功率は確実に上がります。

国や地方自治体が、雇用を生み出した農業事業者に対価を支払えばよいのでは

小島さんと同様の取り組みは、日本に広がってきたのでしょうか。

写真3

 ホームレス、生活保護受給者、若者就労の支援団体が、心身のケアの一環として農業体験事業を始めるケースは増えてきています。しかし、農家さんへの引き合わせを含めた本格的な就農支援は、ほとんど行われていないのが現状です。
 それにはいくつかの理由があります。1つには、従業員を採用する際は、知り合いに無料で紹介してもらうという農業界独特の慣習があるため、人材紹介会社が参入しにくいことがあります。ですから、私のような農家が取り組むのがよいのですが、そうすると今度は職業紹介事業にするのが一苦労です。ビジネスにできなければ力を入れる理由がありませんから、一向に広まらないのです。

どうしたら広まると思いますか。

 国や地方自治体が、未就労者の雇用を生み出した農業事業者に対価を支払う仕組みを作ったらよいのではないかと思います。特に生活保護受給者が農業に就いたら、その分の社会保障費が要らなくなります。例えば、単身者の年間生活保護費の平均を150万円とすると、1年に7人ずつ生活保護受給者が農業に就けば、5年で累計1億5000万円を超える社会保障費が削減できます。その一部を農家さんに支払っても、損はないでしょう。一定の収入が得られる仕組みさえできれば、全国の農家さんが、仕事のない人々への就農支援を一斉に始めるのではないでしょうか。農業界に詳しいコーディネーターも生まれてくるに違いありません。なお、最初にお話ししたとおり、私はあくまでも野菜栽培家ですから、就農支援事業を行う組織が増えてきたら、もう私の出る幕ではないと思っています。

今後、日本では農業従事者がさらに急激に減り、農作放棄地の増加が確実だといわれています。また、生活保護の全国支給総額は2009年に3兆円を超えました。年金に比べれば大きな問題ではないものの、減らせたらよいのは間違いありません。仕事のない人が就業できれば、失業率も低下します。小島さんの活動が大々的に広まれば、3つの社会問題を改善させていくことができるでしょう。国や地方自治体が支援する意味や価値が十分にある活動だと感じました。

インタビュー:古野庸一

小島希世子氏プロフィール
株式会社えと菜園 代表取締役
1978年熊本県生まれ。慶應義塾大学卒業。野菜の産地直送の会社に勤務した後、熊本県の無肥料・農薬不使用栽培・オーガニック栽培に取り組む農家の奥さんたちと農家直送のネットショップ(現オンラインショップ「えと菜園」)を立ち上げ、2009年に「株式会社えと菜園」として法人化。農家直送の通販を行うほか、2011年から消費者の方に農業を身近に感じてもらうための「体験農園コトモファーム」を開催。求職者と農業界を結びつけるプランで、「横浜ビジネスグランプリ2011ソーシャル部門」最優秀賞を、「内閣府地域社会雇用創造事業第1回社会起業プラン・コンテスト」でも最優秀賞を受賞する。

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