オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#16 前田氏 2014/4/14 誰もが高齢期を明るく展望できるよう、セカンドライフ支援の仕組みを早急に整えます 株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部 ジェロントロジーフォーラム 准主任研究員 前田展弘氏

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社会視点私たちは、日本社会を「85歳まで働くのが当たり前」にすることを目指しています。
社会視点セカンドライフの選択肢が多い社会を実現して、長生き否定社会を回避しましょう。
企業視点近い将来、企業も従業員のセカンドライフ支援に関わる時代がやってきます。

「85歳まで働くのが当たり前」の社会にするのが、私たちの目標です

ジェロントロジー(高齢社会総合研究)の専門家で、『東大がつくった確かな未来視点を持つための高齢社会の教科書』の執筆者の1人でもある前田さんに、本日は2030年の「高齢者の就労」についてお話を伺えたらと思います。

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 これからお話しする「セカンドライフ支援事業」は喫緊の問題で、今後1~2年、遅くとも数年で一気に対応を図らなくてはなりません。ですから、2030年には完全に定着しているべきものです。そのつもりでお聞きいただければと思います。
 私も研究員として参加している「東京大学高齢社会総合研究機構」では、来るべき人生90年時代、その先の人生100年時代に向けて、いち早く多角的・包括的に高齢社会の諸課題解決にとり組んでいます。私たちの目標の1つは、「日本社会を85歳まで働くのが当たり前にする」こと。「75歳、80歳まで働くのが当たり前」という価値観へのパラダイムシフトは、すぐにでも起こしたいと考えています。日本人はただ長寿になっているだけでなく、心身機能の若返りを伴っているわけですから、これはごく自然な変化です。実際、現場で数多くの高齢者と接してきましたが、本当に元気な方が増えています。この傾向が続けば、60歳あるいは65歳でのリタイアは通過点に過ぎず、健康ならば85歳くらいまで働くといった「人生100年時代のライフコース」が、2030年には常識となっていて当然ですし、私たちはぜひともそうしたい。
 ただし、年をとるにしたがって、当然ながら体調やニーズに合わせて働き方を変える必要が出てきます。フルタイムではなく、働ける範囲で楽しく働く。自宅から遠く離れたオフィスではなく、自宅周辺で働く。多くの人がそういった働き方のスタイルをとることになるでしょう。
 しかし、現時点ではそのような仕事や働き方を提供する仕組みがまったく整っていません。企業の雇用義務には限界があります。定年が65歳まで延長されましたが、さらに延びたとしても努力目標としての70歳が限度と考えられます。そこで、定年後の方々が働く場を用意して、それぞれの方に適した仕事を紹介することで、スムーズに「セカンドライフ」へと移行できるよう高齢者をサポートする組織が必要となります。それが、私が携わっている「セカンドライフ支援事業」です。

「柏市生きがい就労事業」の先進的な取り組みをご紹介します

セカンドライフ支援事業の具体的な内容をご説明ください。

生きがい就労事業の全体概要と就労シニアの数(2013年6月時点)

図表1 生きがい就労事業の全体概要と就労シニアの数(2013年6月時点)

 それでは、私たちが2009年度から柏市豊四季台地域で取り組んできたモデル事業「生きがい就労事業」を例にお話しします。この地域は、当時すでに中心部では高齢化率が40%に達して住民の孤立なども顕在化し、高齢化に対応した街づくりが課題となっていました。そこで、柏市役所とUR都市機構と私たちが共同プロジェクトを組んで推進してきたのが、生きがい就労事業です。
 初めに、高齢者が無理なく働けて、なおかつ地域の課題解決につながる仕事とは何かをプロジェクト内で議論し、「農業」「食」「子育て」「生活支援」「福祉」の5つの分野を選定しました。次に、例えば農業なら、休耕地を利用した「都市型農業事業」や地域内の空きスペースを使った「ミニ野菜工場事業」「屋上農園事業」といったように、いずれの分野でも高齢者が無理なく行える仕事を考案していきました。その上で、生きがい就労の理念・考え方に賛同し、高齢者の方々が活躍しやすいよう積極的に工夫していただける事業の担い手を探して、最終的に9つの事業を行うことに決めました(以上、図表1。なお、「屋上農園事業」「コミュニティ食堂」「移動販売・配食サービス」は、豊四季台地域の団地建て替え後の事業運営スタートとなります)。
 それから就労希望の高齢者を募集し、就労のフォローを行いました。ここでは地域住民向けの「就労セミナー」を開催する手法をとり、新たな活躍の場を求めている高齢者を発掘。これまでに計7回で延べ600名近くの方がセミナーに参加しています。セミナーでは、セカンドライフの就労の意味や効果、高齢者就労の現状などを説明し、参加者同士のグループ討議を実施した後に、就労希望者を募集。希望者には就労体験会に参加していただくなどして、就労までをフォローしてきました。結果、2013年6月時点で、延べ174名の高齢者が生き生きと働いています。

最大の成果は、高齢者が「社会参加」するきっかけとなりえたこと

生きがい就労事業の成果についても教えてください。

就労前と就労後の「普段の活動量」の比較

図表2 就労前と就労後の「普段の活動量」の比較

 174名もの高齢者の方々の就労を実現できたこと自体が第一の成果です。セカンドライフ支援事業には十分な意義があると実証できました。その意味で十分に成功だったと考えています。
 事業者側からは、「早朝や午後の短時間の労力が欲しいときに助かる(短時間だけでは若者を雇用できない)」「即戦力として活躍してもらえる」「最低賃金レベルで有能な人材を雇用できるのはありがたい」「高齢者に周辺業務を担ってもらうことで、保育士や看護師が本業に専念でき、事業全体のパフォーマンスが上がった」などの声がありました。一方、高齢者の方々は、「生きがいができた」「新たに仲間ができてよかった」「わずかながらも年金以外の収入が得られ、旅行や食事などの新たな楽しみがもてて嬉しい」「何よりも生活にハリができ、規則正しい生活に戻った」といったことを多くの方が話してくださいました。それから、就労者の方々の生活が全体的にアクティブになったというデータもとれています(図表2)。
 私が考える最大の成果は、今回の取り組みが高齢者の「社会参加」のきっかけとなりえたことです。今、日本中の地域コミュニティがさまざまな理由から綻びつつありますが、今回の柏市のケースを見る限り、セカンドライフ支援事業は地域コミュニティの絆を回復し、支え合いの構図を再生するためにも十分に有効でしょう。ひいては、社会保障の問題を緩和することにもつながるはずです。つまり、この事業は、高齢者に関わるさまざまな社会問題を好転させるトリガーにもなるのです。

「選択肢の拡大」が、今後の大きな課題となっています

柏市での取り組みで、何か課題は見つからなかったのでしょうか。

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 今回、600名近くの方とお会いして分かったのは、高齢者の就労ニーズは実に多種多様だということです。週2~3日で短時間、マイペースで無理なく働ける「プチタイム就労」の希望者がほとんどだろうと予想していましたが、ふたを開けてみると、特に定年を迎えたばかりの方々のなかには、経験を活かしてバリバリ働きたいという希望も少なくありませんでした。今回のケースでは、彼らの期待に沿える仕事は「学童保育の英語講師」以外にありませんでした。これは大きな反省点です。
 今後、この事業を広めるにあたっては、多様なニーズに合わせた就業先の選択肢の拡大が欠かせません。特に、他の従業員とそれほど変わらない条件で、これまでの経験を活かせる仕事を増やしていく必要があります。

半官半民で、早急にビジネスモデルを作り上げなくては

セカンドライフ支援事業は、この後どのように展開していくのでしょうか。

 今回の取り組みと成果をベースにして、セカンドライフ支援事業を全国規模で早急に整備しなくてはなりません。今まさに、私たちが厚生労働省に向けて提言を行っている最中です。その際に最大のポイントとなるのは、企業と高齢者のマッチングおよびコーディネーションを行う「中間支援組織」です。この組織の力なくしては、セカンドライフ支援事業の成功はありえません。柏市のケースでは東京大学高齢社会総合研究機構が中心となって実施したために、就労希望者への情報提供とフォローにとどまりましたが、よりスムーズな就労を実現するためにも、また事業を安定的に続けていくためにも、全国展開にあたっては斡旋・派遣・紹介といったビジネス手法が欠かせないと考えています。
 セカンドライフ支援事業の性格を考えると、公的機関だけで実施するのではなく、民間だけで行うのでもなく、国・自治体・民間企業・大学・NPO法人などのさまざまなステークホルダーが連携して半官半民で取り組むのがベストでしょう。多くの高齢者に使っていただくには、高齢者の安心が最も重要です。そのためには、自治体あるいは信頼できる企業が中心的ステークホルダーとして全体を牽引しないと難しいでしょう。ある程度の公的投資は必須ですが、事業者と高齢者がWin-Winでなければ長続きしませんから、できるだけ自律したビジネスモデルを構築したいと考えています。

長生き否定社会だけは、どうしても回避したいのです

早急に取り組まなくてはならない理由は何でしょうか。

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 前にお話ししたとおり、今、日本のそこかしこで地域コミュニティが崩壊しつつあり、高齢者の孤立や孤独死などが大きな問題となっています。その大きな原因の1つに、高齢期の人生設計の選択肢があまりにも少ないことが挙げられます。そのために、定年を迎えた途端、人や社会とのつながりを失って、力を持て余す人が増えているのです。このままだと、日本は長生き否定社会になってしまいます。長生きを前向きに考えられない社会で、年をとりたいと思う人がいるでしょうか。長生き否定社会は、さまざまな面でデメリットが大変大きい。それだけは避けなくてはなりません。高齢者が活躍できる多様な選択肢を用意して、就労という形で地域コミュニティに参加する高齢者を増やすことは、実は、誰もが高齢期を明るく展望できる社会を創ることにもつながるのです。これは高齢者のためだけでなく、日本社会にとって、大変大きな意味をもちます。
 私たちの最終目標は、「高齢化は社会問題」という認識を日本社会からなくすこと。セカンドライフの充実は、医療・介護の地域包括支援と並び、その目標実現に向けて最も重要な課題です。今後も全力で取り組んでいきます。

「安心活力社会」を実現するために、多くの大学や企業にも協力していただきたい

このサイトは、企業の人事の方や大学関係者の方も多く見られています。彼らに対して、何かメッセージをいただけないでしょうか。

 「安心活力社会」を実現するために、多くの大学や企業にもぜひ協力していただきたいと思っています。大学は、セカンドライフ支援事業では大切な役目を担うことになるでしょう。企業と自治体をつなげる役目です。両者は判断スピードや組織運営の考え方がまったく違いますから、どうしても齟齬が起きてしまいがちです。両者の間を取り持つのに最適なのが大学です。
 人事の方々には、今からセカンドライフ支援の準備をしておくことをお勧めします。なぜなら、近い将来、企業も従業員のセカンドライフ支援に関わる時代がやってくるからです。例えば、企業内研修にジェロントロジーのノウハウを盛り込んではいかがでしょう。また、セカンドライフを視野に入れたシニア向けキャリアカウンセラーも、いずれ企業内に必要となるはずです。そのうち、セカンドライフのためのデータベースができると思いますが、そうなれば、企業データベースとリンクさせて企業在籍中からよりスムーズな個別カウンセリングが可能になります。そのときには、企業のシニア向けキャリアカウンセラーが大変重要な役割を担うことになるでしょう。

インタビュー:西山浩次

前田展弘氏プロフィール
株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部
ジェロントロジーフォーラム 准主任研究員
2004年ニッセイ基礎研究所入社後、2006~08年東京大学総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員、2009年より東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員。専門はジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン。主な著書に『東大がつくった確かな未来視点を持つための高齢社会の教科書』(一部執筆)、『ジェロントロジー~加齢の価値と社会の力学~』(一部執筆・編集担当)などがある。

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