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2030年の「働く」を考える

オピニオン#15 高木教授 2014/4/1 高年齢者雇用のマネジメント改革は、若年者キャリアマネジメント改革の延長線上にあります 敬愛大学 経済学部 教授 高木朋代氏

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企業視点高年齢者雇用の問題は、企業の人材育成の仕組みと密接につながっています。
個人視点長く働きたいなら、若いうちから仕事を通じて継続的にスキルを身につけていくのが最も近道です。
企業視点ハイスキル人材を数多く育成するには、正社員雇用の仕組みを守ることが肝要です。

日本の高年齢者層は、就業意欲が総じて高いのです。

本日は、高年齢者雇用問題が専門の高木先生に、2030年に向けた高年齢者雇用のあり方についてお話しいただきたいと思っています。まずは、日本の高年齢者雇用の現状を教えてください。

希望引退年齢に関する国際比較

図表1 希望引退年齢に関する国際比較

 今、多くの国が、いち早く少子高齢化に突入した日本の高年齢者雇用改革に注目していますが、日本は、こと高年齢者雇用の問題については、他国に比べて明確な強みがあります。実は、日本の高年齢者層の労働力率や就業意欲は長らく大変高い水準を保っているのです。これは40年も前から海外の研究者たちに指摘されてきたことですが、当初は農業や自営が多いためと説明されてきました。しかし現在では、「働くことを生きがいとする勤労観」にあると考えられています。日本の高年齢者の多くは「仕事や職場に埋め込まれてきた状態」にあり、気心の知れた仲間たちとやりがいを感じながら長期的に働ける環境を求める傾向が強いと思われます。このことが高年齢者層の就業意欲を高める上で大きな誘因になっているのです。今も、85%以上の人が60歳以降も就業を望んでいます(図表1)。
 他国の場合、まず高年齢者層の就業意欲を高める政策から始めなくてはなりませんが、日本はその必要がありません。まずその点を、前提としてお伝えします。

問題は、60歳を超えても雇いたい人が多く育っていないことにあります

では、日本の高年齢者雇用に大きな問題はないのでしょうか。

 そんなことはありません。数多くの問題を抱えています。そもそも、多くの企業は60歳以上の就業希望者を全員雇用できていません。雇用する場合も、希望の仕事や雇用形態を用意できない企業が多く、なかにはこれまでとはまったく関係のない単純労働しか選択肢がないこともあります。
 これまで、多くの企業は、就業希望者との摩擦を上手に避けて有用な高年齢者従業員だけを雇用するために、「自己選別」や「すりかえ合意」などのメカニズムを利用してきたと考えられます。「自己選別」とは、希望通りの働き方ができないのであれば引退を選択する方がよいと考え、個人が自主的に就業を希望しなくなること、「すりかえ合意」とは、当初は自発的でなかった転職という意思決定が最終的に自らの主体的意思決定として選択されていくことです。
 企業は、これらのメカニズムを利用する一方で、定年間近の従業員をそれほど有用な戦力と考えず、中高年従業員に対する教育を疎かにしてきた側面があります。60歳以降も活躍できるだけのスキルが不足している方々の存在が、現状の高年齢者雇用を難しくしている原因の1つです。

2013年4月から高年齢者雇用安定法が改正され、いわゆる「65歳雇用義務化」が施行されました。
その影響はいかがでしょうか。

写真2

 法改正によって、多くの企業が希望者全員を65歳まで雇用するようになると考えるのには、無理があります。現在はそれに耐えられる経営体力のない企業が多く、また企業はあくまでも有用な人材を求めているわけですから、自らの能力を高め続けてきた人たちだけを雇用したいのが本音でしょう。
 むしろ、この法律改正によって、格差が広がることの方が私は心配です。今、多くの企業が65歳雇用義務化に対応して、従業員全員を65歳まで雇うことを前提に賃金カーブをフラット化するか、あるいは成果主義の本格的な導入を実行・検討しています。しかし、そうするとどちらにしても途中で辞める従業員は生涯所得が減ってしまいます。その状態で60歳を待つことなく、50歳で早期退職などの意思決定を迫る企業が増えたりしたら、勝ち組と負け組の差がさらに広がることになりかねません。この状況が進行すると、生活に不安を抱える中高年が増えて社会問題になることすらありえます。
 高年齢者雇用の問題は制度の変更だけでは解決できないのです。それなら、高年齢者がより働きやすい社会にするためにはどうしたらよいのか。これが私の研究テーマの1つです。

高齢になっても雇われるだけのスキルを、
若いうちから計画的に身につけていくのが最も近道

その解決策として、高木先生が考えていらっしゃる方策は何でしょうか。

 大事なのは、長期的視点で考えなくてはならないということです。中高年に対して新たな職務開発を行うといった短期的な対応はもちろん必要ですが、それだけでは高年齢者雇用の問題は解決しません。今、高年齢者の「セカンドキャリア」論がよく語られていますが、中高年になってから新たな資格をとり、まったく経験のない仕事に就くのは難しいことです。私の分析でも他の研究者の方の分析でも、未経験のセカンドキャリアを築くことに有意な結果は得られていません。もちろんそのような道はあってよいと思いますが、やはり高年齢者就業の主流は、これまでの仕事・キャリアを継続することではないかと考えています。
 そうであるなら、高年齢者雇用の問題は若年期からのキャリア形成の延長上にあると考えるべきです。もし長く働き続けたいのなら、高齢になっても雇われるだけのスキルを若いうちから継続的に身につけていくのが最も近道です。その道は、入社時からずっとつながっています。厳しいようですが、しかるべきときにしかるべきことを経験し、着実に階段を上っていかなければ、60歳以降のキャリアパスは険しいでしょう。

高年齢者雇用がうまくいっていない会社は、人材育成を失敗している可能性が高い

そのとき、企業は個人に対してどのように対応すべきでしょうか。

 当然、これは個人だけの問題ではありません。能力開発は、企業の事業・組織戦略のもとで、企業と従業員がそれぞれ方向性を調整しながら互いに協力して行っていくことですから、従業員が自助努力する一方で、企業には従業員を育成する責任があります。長期的な視野に立って従業員の能力を一生懸命に開発し、60歳になっても雇い続けたいと思える人材を数多く育て上げるのが企業の役目です。
 高年齢者雇用がうまくいっていない会社は、端的にいって、人材育成全体がうまくいっていない可能性が高いと思われます。高年齢者雇用のマネジメント改革は、まず若年者キャリアマネジメントの改革から始めるのが筋というもの。その上で中高年向けの研修も充実させていけばよいのです。企業の将来を担う優秀な人材の育成を真剣に考えることが、同時に、高年齢者雇用問題の解決にもなるのです。

現在、「中高年の社内失業」が問題になっていますが、それも企業の責任なのでしょうか。

 その問題については、1社の責任というよりも、日本経済全体のマクロ要因が大きく影響していると思います。ただ、その場合も結局は新たな雇用、新たな産業を生み出していく他に日本経済を改善する方法はないわけですから、企業のなかで新事業・新産業を立ち上げられるような人材を育てていくことが、その企業にも、ひいては日本経済全体にも必要なことでしょう。その意味で、やはり人材育成こそが、高年齢者雇用にとっても中高年の雇用にとっても問題解決の要諦であり、さらには持続的な経済成長のための要諦でもありましょう。

学び直しは、多様な交流から刺激を得て、
自らの経験を棚卸しできる点で価値があります

では、具体的に個人はどのようにしていけばよいのでしょうか。

写真3

 個人は今後、キャリア形成を企業任せにしないことが肝要です。特に人事異動や、仕事上の役割、責任や権限の範囲に関しては企業に委ねてきた部分が大きいと思いますが、これからは自分が何をしたいか、どうなりたいか、そのために今どのようなことに取り組みたいか、どこまで任せてほしいかを企業に主張し、キャリア育成に関する企業の方針や決定に対して強くコミットしていくべきです。自分の目指す職業人としての姿を常に意識しながら、自発的にスキルを高めていく姿勢が、各個人に求められるようになるでしょう。

最近よく語られる「学び直し」に関してはどう思われますか。

 社会人大学院などでの学び直しには、主に2つの面で価値があると思います。1つは異分野の人々との交流や意見交換です。普段の仕事では接しない業種・職種の人々と出会うことで、自分の仕事にも役立つヒントや刺激をいろいろと得ることができるはずです。もう1つは、これまでのキャリアや経験を棚卸しして見直せること。今の自分が他企業で、あるいはグローバルに打って出たときにどのような点が通用し、何が不足しているかを鳥瞰的に見極め、これからのキャリアプランに反映することができます。
 ただ、日本企業の場合は、あくまでも日々の業務のなかでスキル・キャリアを磨くのが能力形成の基本。アメリカなどのように大学院やコミュニティカレッジでMBAやPh.D.などを取得することが高く評価され、賃金に結びつく仕組みにはなっていませんし、これからもなかなかそのようにはならないのではないでしょうか。なぜなら、日本企業ではチームで仕事をすることが多く、「すり合わせ」が重視されているためです。その点、専門性をより重視する海外とは風土が異なります。日本企業で働く限りは、日々、自分の仕事を全うするなかで能力を高める努力をすることが、今後もしばらくは成長の一番の近道だろうと思います。

今後は、日本企業においてもイノベーティブな人材の育成が求められます

今触れられた「日本企業の風土」ですが、今のままでよいのでしょうか。

写真4

 戦後の日本は、他国が作った新たなアイデア・産業・製品から学び、消費者のニーズにより適した良質なバリエーションを低コストで作り続けることで先進国の仲間入りを果たしました。人々が手に手を取り合って協力する紐帯の力が強かったことが勝因でした。その流れは、今に至るまで基本的に変わっていません。しかし、これから先、日本がさらに長期的な経済発展を目指すなら、世界に画期的価値をもたらすシーズを自ら作り出せるようにならなくてはいけません。
 そのためには、創造力が高くイノベーティブな人材の育成が欠かせないでしょう。政府もそのことには気付いていると思います。例えば、私も参加している「最先端・次世代研究開発支援プログラム」は、将来、世界をリードすることが期待される潜在的可能性をもった少数の研究者に対して手厚い支援を行っています。このような取り組みを経て、日本がシーズを生み出す国に変われば、いずれ日本企業の風土に変化が起こることもありえます。

「シーズを生み出す国」に変わるためにも、正社員雇用の仕組みを守るべきです

シーズを生み出す国に変わっていくために、日本および日本企業は、
具体的にどのような方向を目指せばよいのでしょうか。

 日本的経営の強みを活かしていくべきです。特に私が最も大事だと考えるのは、正社員雇用です。先に述べたとおり、日本企業の能力開発は主に企業内で、企業と従業員が互いに協力し合いながら行っています。企業は定年までの雇用にきちんと責任をもち、従業員もその企業で定年まで勤め上げるつもりで必死に励む。そのような「組織と人の強い拘束性」が、ハイスキル層の人材育成には欠かせません。少なくとも新たなシーズを作り出す人材は、多くは正社員のなかから生まれてくるのではないでしょうか。
 非正規雇用ではその協力関係を構築できません。企業の育成責任が薄まり、従業員の自助努力だけでは成長に限界があります。また、正社員に特有の「人事異動」や「ジョブ・ローテーション」による意図的・計画的な能力のストレッチなども、非正規雇用では難しいでしょう。なかには、若いときに自らスタートアップして成功を収め、画期的な商品・サービスを提供している方もいますが、今の日本ではほんの一握りにすぎず、今後もそれほど増えるとは考えられません。日本は日本らしく、正社員雇用制度を十分に活用することで、シーズを生み出す国を目指せばよいのです。

日本的経営の守るべき部分と変えるべき部分を仕分けする必要があります

そうしたとき、グローバル化に対して日本企業はどのように対応していけばよいのでしょうか。

 日本企業が日本的経営システムをアジアなどにそのまま持ち込んで失敗した例が、これまでにいくつもありました。各国にフィットした経営を行う方がよいのは間違いありません。ただし、すべてを各国のシステムに合わせては、日本企業の優位性が失われます。そこで、日本的経営のうち、守るべき部分と変えるべき部分を仕分けすることが大変重要になります。
 鍵となるのは「仲介者」の存在です。多くのアジア人が、日本の経営マネジメントシステムを優れたものと考え、何かを得ようと日本に学びに来ています。彼らのように現地のビジネスや文化を知り、日本の経営マネジメントにも詳しい人が仲介者となり、日本と各国のシステムのすり合わせを進めるのです。そして、日本的経営の良いところは現地の人々に受け入れてもらい、現地の人々が譲れない部分に関しては日本企業が譲歩する。その結果、すばらしい製品やサービスを世界中に提供し、また国際的に活躍できる一人前の職業人を数多く輩出できたら、きっと日本的経営のすばらしさを海外でも十分に理解してもらえるのではないでしょうか。

インタビュー:西山浩次

高木朋代氏プロフィール
敬愛大学 経済学部 教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程。専門は人的資源管理論、組織行動論、労働社会学で、特に高年齢者雇用問題を研究テーマとしている。「第49回エコノミスト賞」「第23回冲永賞」「第25回組織学会高宮賞」など、数々の受賞歴がある。著書に『高年齢者雇用のマネジメント』、共著に『社会保障と経済』がある。

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