ボス充マネジャー#1 網江氏

ボス充マネジャー#1 網江氏 2018/1/18

はじめて介護施設や地方創生の
現場を巡ったときは
知らないことの連続で頭のなかが真っ白に

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日本電気株式会社(NEC)OMCS事業部長 網江貴彦氏
「ボス充」マネジャーとは、具体的にはいったいどのような方を指すのか、疑問に思う方も多いはずです。この連載記事では、ボス充マネジャーのモデルをご紹介していきます。第1回は、社内研修をきっかけに大きく変化したNECの事業部長・網江貴彦氏です。

「NEC社会価値創造塾」に参加して社会の見方が一変しました

 2013年から、NECのOMCS(オープンミッションクリティカルシステム)事業部を束ねています。ミッションクリティカルなITシステムを構築するSE集団です。お客様の重要なシステムを扱っているだけに仕事は忙しく、私が就任した当初はとりわけ残業の多い部署でした。特に、緊急性の高い、想定外の対応を必要とすることが多く、それが作業時間をどんどん膨らましていたのが大きな問題で、社員はとても疲弊していました。そこで私は、システム構築の品質向上に力を入れました。そのかいあって、2年後の2015年には部門全体の働き方をかなり改善でき、社員の意欲も高まりつつありました。

 私が「NEC社会価値創造塾」に参加したのは、そんなとき(2016年)でした。これは、NECの経営幹部や事業責任者が、さまざまな社内外の講師・ステークホルダーとの対話や、地方創生の現場・海外新興国の現場での対話などを通して、思考の枠組みを広げると共に、社会価値創造の観点からさまざまな学びを得て、リーダーとしての内省や行動を促進するプログラムです。

 そのプログラムで特に印象的だったのは、1週間ほどかけて、介護施設や地方創生の現場などを巡り、さまざまな実体験を通じて、介護職員や地域リーダーの方々と話し合ったときのことです。本当にショックを受けました。私は世の中のことを知っていると思い込んでいたのですが、その現場で見聞きしたことは、まったく知らないことばかりだったのです。刺激があまりに多すぎて、最終日には頭のなかが真っ白になりました。自分のなかで不安が大きく膨らみ、パーンと弾けたような感じになったのを覚えています。

 なかでも衝撃を受けたのは、火の玉のように熱い心を持った地域リーダーがいて、彼が自分のマインドを周囲に伝播していくことで、地域の皆さんを動かしていたことです。会社にもそうした人がまったくいないわけではありませんが、当然、多くの場合は役職が人を動かします。この点は、企業のビジネスと地方創生では大きく違います。しかし、これからも私たちは社会に価値を提供することを一番に考えなくてはなりません。私たちは、地域リーダーのような方を見習って、変わっていく必要があるのだと痛感しました。

社会価値を提供する「マインド」を学ぶための研修を事業部に導入

 NEC社会価値創造塾のプログラムが終わった後、私は、事業部に新たな風を送ることを決めました。2017年から、社会価値を提供する「マインド」を学ぶ研修を新たに導入したのです。SE集団ですから、ITスキルを学ぶ研修はすでに充実していたのですが、マインドを学ぶ研修はほとんど用意していませんでした。そこで、マネジャーに昇格したメンバーを、外部の研修会社とMORIUMIUS(モリウミアス)が宮城県石巻市雄勝町で進める次世代リーダー育成プラットフォーム「協働型イノベーションセッションCISL」に送り込むことを始めました。また同時に、若手が事業創出のトレーニングを行う独自プログラム「未来創造ジム」を開発しました。

 CISLのプログラムは、約3カ月間、他社の方々と一緒になって、自分たちが雄勝町のために何ができるのかを考えるものです。私はここに参加するメンバーに、「簡単に答えを出さず、雄勝町と正面から向き合い、とことん考え抜くこと。置きに行かないこと」と声をかけました。普段の仕事では納期から逆算してスケジュール通りに進めるメンバーたちも、CISLではギリギリまで思考を深めています。プレゼン当日の朝まで議論して、そこから資料作りを始めたチームもありました。もちろん大変なのですが、このプログラムは普段の仕事と違い、極限まで自らの意志と格闘し、考え抜いた結果をプレゼンテーションするため、参加した誰もがイキイキとした表情で帰ってきます。「NECのミッション・ビジョン・バリューがはじめて腹落ちしました」といった感想を述べるメンバーや、「地方創生、やります!」と心に大きな火を灯してくるメンバーも少なくありません。

 未来創造ジムは、若手が社会価値創造とは何かを考え、トレーニングする場です。メンバーたちがアイデアソン(※)を行い、最終的には、そこから生まれた社会価値創造のアイデアを組織長にプレゼンテーションしてもらいます。例えば、高齢者の徘徊問題をテクノロジーでどう解決したらよいかといったことを議論し、具体的な解決策を考えてもらうのです。議論を進める上で、社内外の多様な方の力を借りてもかまいません。この未来創造ジムは、「未来の自分(私)への贈り物」だとも考えています。数十年後、私自身が認知症になって徘徊する可能性も十分にあります。いま高齢者の徘徊問題を解決することは、未来の自分にとって、未来の私たちにとっても切実なのです。

私がお客様と話す内容が変わりコラボレーション事業の実証実験がスタート

 マインドを学ぶ研修を始めて1年弱ですが、最近、事業部のマインドに少しずつ変化が見えてきています。例えば、部内でも極めて多忙なプロジェクトのリーダーが、自分からビジネス創造のプログラムを受けたいと申し出てきました。また、以前に比べると、社会価値創造について議論する場でのコミュニケーションがスムーズになりました。おそらく、これらの研修を始めてから、メンバー一人ひとりが社会を知ると共に、私の考えを伝える機会も増えたことで、お互いに相手を深く知るようになったからだと思います。さらに、あるメンバーからは、「以前に比べると、仕事をさせられている感じがなくなりました」という嬉しい声も聞いています。

 NEC社会価値創造塾の後は、私自身も変わりました。地方創生や介護に関する情報を自ら集めるようになりましたし、個人として、あるいはNECとして社会に何か貢献できないだろうかといつも考えるようにもなりました。また、私がお客様とお話しする内容に、小さくない変化がありました。というのは、お客様の多くも、私たちと同じように、どうやって社会価値を生み出せばよいのかを考えておられるからです。社会価値について、お客様と議論する機会が増えました。その結果、あるお客様と一緒に新サービスを創造する試みを始めることになり、最近、実証実験をスタートしたところです。私が社会価値への想いを持ってお客様に接するようになったことで、お客様とのつながりがより有機的になってきたと感じています。

 もちろん、ほかにもさまざまな工夫を行っています。例えば、上司から部下へどのようにフィードバックを行うかを学ぶ研修を導入したり、社内キックオフで数値目標よりも自分たちが目指す未来を語るようにしたりしています。数値目標は、自らが目指す未来を実現する1つの条件でしかないからです。

自分なりの想いを持って社会と接するメンバーを1人でも増やせたらと思っています

 NEC社会価値創造塾で介護の現場を回ったとき、あるリーダーの方から「網江さんはこれからどう社会と接するのですか?」と問われました。その答えはまだ出ておらず、いまも考え続けています。ただ、こうしてマインドを学ぶ研修の場を設け、自分なりの想いを持って社会と接するメンバーを社内に1人でも増やすことは、社会貢献の1つなのだろうとも考えています。私自身、いろいろな先輩に助けられてきて、いまがあります。後輩たちに何ができるのか、そして社会に対して何ができるのか、これからも考え、行動し続けたいと思っています。

※アイデアソン
アイデアとマラソンを組み合わせた造語。同じテーマについて、参加者同士が短時間に集中的にアイデアを出し合っていくワークショップ。新たな発想を生み出す効果的な手法とされている。

インタビュー:古野庸一 テキスト:米川青馬

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