調査・レポート 2030年の「働く」を考えるヒントとなる、さまざまな調査・レポートを掲載していきます。

2030年の「働く」を考える

新しい時代が始まるとき、新しい学び舎が作られる

 丸の内朝大学、シブヤ大学、ジョウモウ大学、自由大学、大ナゴヤ大学、東京にしがわ大学…。これらはすべて、学校教育法の定める正式な大学ではない。それぞれの地域に根づき、地域のなかに学びの場を創り出している「ソーシャル系大学」といわれるコミュニティである。今、ソーシャル系大学がなぜ全国に広まっているのか。何が魅力なのか。これからどのようになっていくのか。丸の内朝大学のプロデューサー・古田秘馬(株式会社umari代表取締役)氏のインタビューを通して、新たな教育の形という観点から考えてみたい。

 「丸の内朝大学はもともと、通勤ラッシュを解消するためのアイデアの1つでした」と古田氏は語る。「通勤ラッシュの他に、オフィスビルが平日のオフィスタイムしか使われておらず、せっかくのインフラが無駄になっていることも、オフィス街・丸の内の抱える課題でした。そこで、オフィススペースの有効活用ができ、なおかつ多くの人が早起きしたくなる仕組みとして生まれたのが、仕事でもなくプライベートでもないサードコミュニティ『丸の内朝大学』です」。こうして丸の内朝大学は2009年春に開講し、これまでにのべ1万人以上が通う人気の「大学」となった。現在は10学部約30クラスが、平日朝7時台から丸の内のさまざまな場所で開かれている。
 新しい時代が始まるとき、必ず新しい形の学び舎が作られる、と古田氏は言う。「例えば幕末には松下村塾、明治時代には慶應義塾大学や早稲田大学ができ、そこから新たな思想が広がっていきました。現在は、特に東日本大震災以降、多くの人が会社や出身校などではない新たなつながりのなかで地域や社会と関わる方法を模索し始めています。丸の内朝大学は、そのような新しい時代、新しい人々の動きに応じてできた学び舎です」。

未知の仲間と出会い、地域の未知の一面に出合う「居場所」

 丸の内朝大学の受講生のおよそ半分は、丸の内周辺の千代田区や中央区で働くビジネスパーソン。首都圏を中心に、さまざまな地域から集まってくるという。「山形から夜行列車で通っていた方もいらっしゃいますし、なかにはクラスのスケジュールに合わせて出張を組み、カリフォルニアから毎回出席されたツワモノもいらっしゃいました」。
 なぜ、これほど多くの人が丸の内朝大学に惹かれるのだろう。その理由について、古田氏はこう考えている。「東日本大震災以降、会社のなかで自分がどのように役に立つかよりも、日本社会に対して自分は何か役に立っているのだろうかと考え、生きがい探しをしている方々がとみに増えています。そこで自らの未知の可能性を探るために、『出番と居場所』を求めて丸の内朝大学を受講する方が大勢いらっしゃいます。皆さん、ここでいろんな働き方、いろんな考え方を知り、いろんな人と出会い、大変な刺激を受けています。結果として、受講後に何らかのアクションを起こす方は数えきれません。会社を辞めて、転職や移住などを決心する方も少なからずいらっしゃいます。また、これまでに何組ものカップルが誕生しました」。

一人ひとりの心に火をつけることを目指す

 古田氏が強調するのは、丸の内朝大学はスキルやノウハウを磨くというよりも、「きっかけ」づくりの場だということだ。「何かに本気で取り組むきっかけ、将来の仲間たちとの出会いのきっかけを用意することに徹しています。ですから、基本は1クール3カ月で計8回。少し興味があるから始めてみたい人、新しい刺激に触れたい人が気軽に申し込める長さ、飲み会などを何回か我慢すれば受講できる料金に設定しています。各クラスでは、受講生の心に火をつけることを一番に狙っています。朝早くからクラスに通うほどモチベーションの高い方たちですから、本気になりさえすれば、それぞれが自発的に燃え上がり、行動を起こすのです」。
 そのための工夫の1つが「クラス委員」である。「特に頑張っている人やリーダーシップのある人をクラス委員に抜擢し、中核メンバーとしてクラスの盛り上げ役、牽引役を担っていただきます。ときにはクラス委員だけの研修旅行などで結束を強め、意識を高めています。こうして、特に本気の方にはさらに本人のモチベーションを上げていただくと共に、周囲にもどんどん燃え上がる心の火を移していただいています」。

コミュニティだからこそ提供できる価値がある

 最近は、きっかけづくりだけでなく、その後の「ソーシャルアクション」についても丸の内朝大学が積極的に関わり始めていると古田氏は話す。「特に社会貢献やボランティアは、やってみたいけれど、1人ではなかなか行動できないという人がとても多いのです。そういった人々を募って、クラスの延長としてチームを組み実行する『プロジェクトアウト』をいくつか行っています。受け入れる地域の側にとっても、個人よりプロジェクトの方がずっと受け入れやすく喜ばれるのです。また、受講生たちがクラス受講をきっかけに自発的にチームで取り組んでいるプロジェクトも多数あり、それらのいくつかは『ソーシャルプロジェクトブログ』で参加者自ら紹介してもらっています。また、4月からは『朝大学テレビ』を立ち上げ、『プロジェクトメディア』と銘打ってプロジェクトそのものをメディア化し、発信していこうと考えています」。
 古田氏は、これらの動きを"Community Shared Value(CSV)"、コミュニティだからこそ提供できる価値だと言う。丸の内朝大学はまさにCSVを生み出す場でもあるのだ。「ソーシャルプロジェクトはそのよい例ですが、他にも、例えば以前、佐渡島の太鼓芸能集団『鼓童』に太鼓を習いに行くクラスを開講しました。これなども、チームで行動するからこそ実現できたことです」。

企業が、ソーシャル系大学を求めている

 丸の内朝大学などが「ソーシャル系大学」といわれる所以は、地域社会と関わり、地域のなかで行動を起こすところにある。「私たちは丸の内という地の利を活かして、さまざまな企業との連携を深めています。例えば、丸の内タニタ食堂と一緒に行う『まるごとタニタの健康生活クラス』、丸の内に情報センターを構えていたJAXAの方々と創る『丸の内宇宙人クラス』、キリンと共に開講した1年間の特別プログラム『農業復興プロデューサーカリキュラムin東京』など、多様なコラボレーションを行っています」。
 しかし、丸の内朝大学は、前に述べたように会社を辞める社員が出る可能性もある場である。企業側の抵抗はないのだろうか。「むしろ逆で、私たちと一緒にクラスを開きたいという企業が確実に増えています。なかには、人事が社員を積極的にクラスに送り出した企業もあります。社員の副業を認める会社が出てきていることからも分かるとおり、一人ひとりの社外とのつながりこそが重要と考える企業が増えているのだと思います。また、企業単体ではできない『コミュニティを通した新しいビジネスづくり』に可能性を感じてくださる方も多いのです。丸の内朝大学は、企業組織という基盤があるからこそ成り立つ場ですから、今後、さらにさまざまな形で企業との関わりを深めていきたいと考えています」。

〈考察〉

地域や社会と直接結びつき、

「傍(はた)を楽(らく)にする(=働く)ことで学ぶ」という学習の潮流

 丸の内朝大学が提供しているのは、専門家から知識を教授してもらう「インプット型」ではなく、専門家のリードのもとで自らが取り組みながら学ぶ「アウトプット型」の学びの機会です。また、従来の学校に多い個人学習ではなく、この前まで知らなかった人たちと共にチームで学ぶシステムをとっていることも特徴的です。つまり、「企業の枠を超えて、地域や社会と直接触れ合う機会」と「仲間たちとの出会いの機会」を用意することで、参加者が第一歩を踏み出すために背中を押しているのです。そのことを、古田さんは「出番と居場所」という2つのキーワードを強調しながら話してくれました。
 社内外の多様な人材とつながり、新たな価値を創出することが多くのビジネスパーソンに求められる現在、この学習方法はとても実践的で有益です。このような価値が提供できる「学びの場としてのサードコミュニティ」は、まだまだ発展の可能性を秘めているのではないでしょうか。

2030WSPメンバー 岩下広武

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