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2030年の「働く」を考える

オピニオン#10 守島教授(後編) 2014/1/14 社会人の学びの場を整備して、早急に「個の自律」を促す必要があります 一橋大学 大学院 商学研究科 教授 守島基博氏

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社会視点安価で手軽なリトレーニングの場、社会人大学などの整備が急務です。
人事視点降格・降給できるシステムを実現し、中高年人材の流動化を図るべきです。
人事視点キャリアマネジメントは、未来を見据えて計画的に行うべきです。

今の日本は、自分のキャリアを自分で描く方法が分からない人がほとんどです

ここからは2つ目の話題に移って、個人の働き方がどうなっていくかを伺いたいと思います。特に、かなり昔から重要といわれ続けているにもかかわらず、一向に進まない「キャリア自律」について、どのようにお考えでしょうか。

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 私は、キャリア自律には2つの側面があると考えています。1つは「組織からの自律」。ある1つの組織のキャリアパスにとらわれることなく、多くの会社や仕事のなかから自らキャリアを選択する姿勢のことです。こちらは私も含め、多くの論者が20年以上前から主張してきました。それもあって、最近はさすがに社会に浸透しており、終身雇用の意識は確実に希薄になっています。
 しかし、もう1つの「個の自律」は進んでいません。自分のキャリアをどのように自分で描いていくのか。それを真剣に希求し、また、方法を考えている人は少ないのが現状だと思います。結果的に、組織を乗り換えることはできるけれど、組織から離れて生きていくのは難しいと感じている人がほとんどです。最近、特に若者の間では大企業に頼りたいという保守的な傾向が強まっていますが、その主な原因は個の自律が難しいからでしょう。
 今、こうした若者たちの保守的とも見える傾向は「終身雇用の復活」ともいわれることがありますが、以前の終身雇用意識とは違います。一昔前の多くの人々の意識は「定年まで勤め上げたい。そのために必死で頑張る」という積極的なものでしたが、今は「定年まで勤められたら嬉しい」という程度の意識で、会社のために尽くそう、一生懸命に会社を守り立てようという人はあまりいないのが現状です。

原因は、日本社会が「個の自律」の道筋を見せてこなかったことにあります

「個の自律」が進まない原因は何でしょうか。

 端的にいえば、原因は、日本社会が個人に対して自律の道筋を見せてこなかったことにあります。また、日本企業も優秀層に辞められては困るので、これまでは個の自律に積極的な姿勢を示してきませんでした。その結果、例えば、今では日本にもビジネススクールなどがいくつもできているものの、コストが高く、時間の制約も大きいために通えない人が数多い状況です。そもそも、個の自律にコストと時間をかける意識や習慣のない人も少なくありません。一方、例えばアメリカではコミュニティカレッジが大変充実しており、安い授業料で、終業後にカレッジに通って新しい資格を取ることが昔から一般的に行われています。そうした道筋があるからこそ、アメリカでは自ら次のキャリアを考えたときに、手軽に実践に移せるのです。そうした道筋なしに、ゼロから個人に自律を強いるのはあまりにも酷です。
 このままではいけません。なぜなら前回お話ししたように、これからは日本企業も本当に優秀な層だけを優遇し、それ以外の従業員のサポートを弱めていく傾向になると考えられるからです。結果的に、否応なく自らキャリアを切り拓かなくてはならない人が増えてくるでしょう。彼らの自律を可能にする社会的システムを早急に用意する必要があります。安価で手軽に通えるリトレーニングの場、スキルアップの場、社会人大学などの整備が急務となります。

日本企業は、降格・降給できるシステムに早く変えるべきです

キャリア自律で特に私たちが大きな問題と考えているのは、大企業に多く存在する中高年の「社内失業者」です。これを解決するにはどうしたらよいのでしょうか。

 それは、社外に出たくなるインセンティブを日本の大企業の多くが用意していないことに根本的な問題があります。そのインセンティブとは、すなわち降格や降給です。ポストに見合った仕事をしているかどうかをチェックし、必要に応じて降格・降給できるシステムに早く変えるべきです。そうしないと、いずれ会社そのものが危うくなります。それは、中高年人材の流動化を促していないだけでなく、適材適所の組織づくりが実現できていないという意味でもありますから。
 今、解雇に関する法整備を進めるかどうかが議論されていますが、それよりも企業内で降格・降給できるシステムを実現し、それを実際に運用して中高年人材の流動化を図ることが先決です。このシステムづくりには、もちろん細心の注意が必要です。外資系企業でも、降格・降給についてはガイドラインを用意して人事が一つひとつ丁寧に対応しています。しかし、その手間をかけても、十分に行う意味のあることです。

高齢者活用も、そろそろ本気で取り組まなければいけない時期です

その他にも、今、守島先生が注目している人材マネジメント上の問題があれば、ぜひお教えください。

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 いくつかあります。1つは、キャリアマネジメントに関する問題です。日本企業はその時々の配置転換や昇格などへのフォローは大変手厚いのですが、一人ひとりの未来を踏まえたフォローができている会社は決して多くありません。また、日本企業には使うポストが前提とされていないリーダー育成が多すぎます。選抜をして未来のリーダーを育てていくのはいいのですが、いつかはどこかで使うかもしれないというような、一種の保険としてリーダー育成をしている場合が多いように思います。どちらも、長期的視野で個別のキャリアをマネジメントできていないために起こっている問題で、無駄ばかり増やしていて非効率です。キャリアマネジメントやリーダー育成は、あくまでも企業と個人の未来を見据えて、計画的に行うべきです。

それに関連して私が気になっているのは、海外のエクセレント・カンパニーと比べると、やはり日本企業のマネジャー層の成長は遅いのではないかということです。

 それは、ポジションに対して大きなミッションが与えられていないからでしょう。外資系企業では、マネジャーに「2年間で売上を50%上げよ」といった、一見とても無理なミッションを与えられることが多くあります。これは普通にやっていては達成できない数字ですから、限られたリソースの中で必死になって努力し、さまざまなことを考え、工夫を施し、試行錯誤します。このプロセスがマネジメント能力の大きなストレッチにつながるのだと思います。日本企業でも同じことができないでしょうか。きっと会社はざわめくでしょうが、それでいいのではありませんか。私は、会社を良い意味でざわめかせるのも、人事の大事な仕事の1つだと思います。

最後に何かメッセージをいただけますか。

 高齢者活用にそろそろ本気で取り組まないと、将来さまざまな問題が噴出してくるのではないかと思います。高齢者に対してもきちんとマネジメントする必要があります。法律の改正を機に、今までのように、賃金を減らし、仕事も簡単なものにして、再雇用し、退職までの何年間か置いておくというタイプの人材管理ではなく、成果については厳しくコミットするなど、きちんとした人材マネジメントを行うべきです。それから同時に、フル雇用以外にも、ハーフタイムの雇用であるとか、多様な雇用形態の選択肢を用意することも大切です。

インタビュー:古野庸一

守島基博氏プロフィール
一橋大学 大学院 商学研究科 教授
1980年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。1982年、慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1986年、米国イリノイ大学大学院産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。同年カナダ・サイモン・フレイザー大学経営学部助教授。1990年、慶應義塾大学総合政策学部助教授。1999年、慶應義塾大学大学院商学研究科教授。2001年より現職。

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