講師についてご紹介。社員研修・社員教育のリクルートマネジメントスクール

講師について

教えるのではなく、気づきを引き出す講師

当社の講師は採用倍率数十倍という狭き門を通過した精鋭ぞろい。それぞれがビジネスの現場で悩み、苦しみ、試行錯誤した経験を持っています。受講者の前に立つのは、研修の場を活性化し「気づき」をもたらすスキルがしっかりと身についてから。1年半に渡る養成期間中に、現場での実践を含む、質の高いトレーニングを受けています。 彼らは万全の準備を経て、受講者の視点に立ち、受講者の上司や同僚に勝る情熱を持ちながら研修に臨んでいるのです。

人材開発トレーナー 高橋 常祝 (たかはし つねのり)

悩ましい状況を打破できるヒントをつかんでもらいたい

高橋 常祝(たかはし つねのり)

新卒で旅行代理店に就職。支店で法人営業を7年経験し、本社でリーダーになった頃のことでした。
入社間もない後輩が疲弊しきった表情で相談にきました。
「“ハワイ旅行を200人、今月中に売ってこい”と上司に言われたのですが、どうやって売ったらいいのかわからなくて…」。
日ごろから「法人営業はこうあるべし」「海外旅行のマーケティング戦略は…」などと語っていた私でしたが、数字のプレッシャーに悩む後輩の素朴な質問に一言も答えられなかったのです。
なぜか。理由は大きく2点あります。
一つは、何をどうすればいいか、それは何故かということ、つまり営業行動をうまく言語化できていなかったこと。
今一つは、言語化しきれずに漠然と頭のなかにあることを、わかりやすく他者に伝えられなかったことです。
そのとき、「ああ、彼らのように現場で苦労している営業をサポートできる教育こそ必要だ」と考えるようになったのが、トレーナーになろうと思った原点です。

だから、今でも「現場での有用性」、つまり現場で使えることや、悩ましい状況を打破できるヒントを受講者の皆さんにつかんでもらえる研修にこだわっています。研修の場で出会った皆さんには、日々の仕事を通じて活き活きとしていて欲しい。そのきっかけをつくれたら嬉しいですね。

経歴
1960年生まれ。大手旅行代理店に入社。支店で法人営業を7年間担当。その後、本社に異動、グループリーダーとして法人営業施策や営業担当者の教育を担当。この時の経験がトレーナーとしてのベースに。一方で地域の活性化というテーマに興味を抱くようになり、通産省(当時)の外郭団体に転職し、中小企業振興事業に携わる。販路開拓課長、情報企画課長、指導課長を歴任するが、指導課長として職員の人事評価システムをはじめとする人事制度構築や、人材開発関係の業務が中心となる。2001年、リクルート(現 リクルートマネジメントソリューションズ)のトレーナーとなり、現在に至る。

人材開発トレーナー 齋藤 芳明 (さいとう よしあき)

仕事を愉しめる社会づくりをしたい

齋藤 芳明 (さいとう よしあき)

前職は金融機関のシステム部門でネットワークを担当していました。忙しいながらも”日本経済の屋台骨を支える意義のある仕事”と考え充実した毎日を送っていました。部下も同様に忙しい毎日でしたが、きっと付いて来てくれるだろうと考えていました。

ある日上司に呼ばれ、私の部下が異動を希望していると言われました。早速本人に事情を聞いてみると、業務量やプレッシャーに耐えられないとのこと。私は2つの意味でショックでした。一つは、部下のそのような気持ちに気づけていなかったこと。そして、もう一つは部下にとって私は困ったときに相談できる存在ではなかったこと。

この時の部下のように仕事に行き詰っている人がいたら、乗り越えるためのサポートをしたい、また、この時の私のように部下育成に課題を感じる管理職の支援もしたい。

そう思ったのが、トレーナーに転進したきっかけです。

人と向き合う仕事を通じて、「もっと仕事に前向きに、仕事を愉しめる社会づくりのお手伝いがしたい。」と思ったのです。

研修の場面では、受講者の表情がパッと明るくなる瞬間があります。それは、自分自身のそして職場の現実を改めて掴むことが出来たときです。多くの受講者が「頭では今のままではいけないことは薄々わかっている、でも出来ていない・・・。」と感じながら研修に臨んでいます。研修を進めていく中で「それは何故だったのか」という自分の内にある要因が見出せたとき表情は変わり、前向きに進もうという意欲が湧いてきます。

机上論で頭の理解だけで終っては、研修は意味がありません。実際の職場に戻ってから、何か1つでも良いので、課題解決に向けて”これをやってみよう”、”ここを変えてみよう”と思える何かを掴んで頂くことを大切に、研修に臨んでいます。

経歴
1996年に大学卒業と同時に、大手通信企業に入社。入社後3年間、法人営業部門のシステムエンジニアとしてシステム構築を経験。その後、本社営業部門で新商品開発を担当する。2001年より大手金融機関に転職し、国内営業店ネットワークのブロードバンド化プロジェクト、海外ネットワークの再構築プロジェクトなどをプロジェクトマネジャーとして担当する。2007年よりリクルートマネジメントソリューションズにて、マネジメント層向けの研修プログラムの開発、トレーナー養成プログラムの開発を担当する。その後、トレーナーとなり現在に至る。

人材開発トレーナー 佐山 享志 (さやま きょうし)

葛藤を恐れずぶつかり合う中から新たなものを見出す

佐山 享志 (さやま きょうし)

融資業務のリーダーを行っていた時は、環境の厳しい中で各方面とのしがらみが多く、本来的に必要な支援が出来ないことが焦りでした。メンバーに気配りができず、自分のことで頭が一杯で、チームも停滞していました。一方、企業への経営支援業務のリーダーをしていた時は、試行錯誤でノウハウを固めており、成果が見えるのに時間がかかりましたが、1人ひとりは実に生き生きしていました。目的をよく理解し自分で考えてすぐに動く。組織内のタテとヨコが関わり、情報交換や相互アドバイス、ノウハウ共有も活発でした。
この違いって何だろう?そこにいるヒトやチーム状態によって、組織の成果や個人のやりがいってこんなに違う、と感じたことが今の仕事に感心を持った大きな理由です。

私が大事にしていることは、環境変化が激しく正解の無い職場では、組織内のヒトが他者に高い関心を持って本音で関わり、葛藤を恐れずにぶつかり合う中から新たなものを見出す、それを躊躇せずに職場で実践して欲しいということ。リクルートマネジメントスクールの研修の場は、職場の縮図とも言われますが、少人数で深く関わる事のできる異業種交流の場ということがメリットです。
「マネジャーとして新たな自分を発見できました」「これをやるのは難しいかもしれませんが、一歩踏み出します」などの感想や充実した表情に合えることが多く、私の一番のやりがいです。

経歴
1962年生まれ。1985年銀行に入行。営業店3ヵ店の現場で営業・融資業務を担当。企業支援の関連会社において経営診断やコンサルティングに携わり、取引先企業の業績向上に貢献する。その後、融資部等の4部署でマネジャー。2002年、リクルート(現 リクルートマネジメントソリューションズ)の人材開発トレーナーとなり、現在に至る。メーカー・金融機関・IT などの業界を担当している。

人材開発トレーナー 武井 清泰(たけい きよやす)

社内では起きないことが起きる

武井清泰 (たけい きよやす)

営業マネジャーや事業部長そして経営者、プロパー社員、中途社員、起業当事者など、役割や立場は様々でしたが、その都度色々な人の言葉やサポートに助けられて来ました。責任を持って自分の役割を果たそうとしている人ほど知らぬ間に“自分の世界”に入り込んでしまい外に目が行かなくなるのが“人間”です。自分自身もそうですし、部下や上司だった人達を見ても、またこれまで出会った多くの受講者を見てもそう感じます。また、そういうことをわかっていても身近な人の言葉を素直に聞けないのも“人間”です。
あるとき、とある研修に58歳の受講者がいました。実際にはあと1年ちょっとで定年退職です。当人もなんでそんな自分が研修に参加しなければいけないのか疑問を公言しながらの参加でした。しかし、終るときには涙を流していました。「残りの1年を思い切りやっていきたい!」縁もゆかりもない年齢もかなり下の受講メンバーがそうさせました。自分に興味を持って話を真剣に聞いてくれる。それに応え熱く語っている自分がいる。「こういうやりとりしていなかったなあ・・」。私も含め皆が泣きました。
“部長”として自分は十分やっていると自負していた人が全く違う業界の“部長”の発言や参加姿勢を見て自分を恥じ態度が一変したりなど、社内では起きないことがリクルートマネジメントスクールでは起きます。それをそれぞれの講座が提供するコンテンツと共に受講者に受け取って頂くのが私の役目です。受講者のみなさんが新たな視点で自分を見つめ、元気になり、自分らしく自信を持って仕事が出来るようになっていただくことが、周囲を揺さぶり組織を活性化する大きな要素であると確信しています。

経歴
1980年リクルートに入社。13年半勤めましたが、その間、課長、部長、事業部長を経験。退職後、起業(現在東証1部)、専門学校の再生事業、出版社勤務を経て2005年からHRDトレーナー。

人材開発トレーナー 澤登 めぐみ (さわと めぐみ)

役割転換・意識転換を理解するために

澤登 めぐみ (さわと めぐみ)

マネジャーになったときの事です。プレイヤー時代は営業で業績を出し評価してもらうと嬉しくて頑張っていました。が、マネジャーとして配属されたのは営業本部というスタッフ部門のマネジャーでした。今までは売上利益を出せば認めてもらえましたが、スタッフになったら何をすればいいのか全く判らず、専門性の高いメンバーに囲まれて所在ない気持ちになり自分は何の役に立っているのか、またどのように役割を果たすべきなのかを、見失ってしまいました。「環境変化に応じて組織目的を設定し、部下を育成しながら成果を出し続けるのがマネジャーの役割だ」と心からわかるまでに3年ほどかかったのではないでしょうか。今の環境変化の激しい時代では1年もこんな状態でいたらダメなマネジャーと言われてしまうでしょう。「あの時マネジャーへの役割転換や意識転換が早く理解できていたら。」その思いがトレーニングでのメッセージにつながっています。

思い出に残る研修があります。上から言われたムリな目標を抱え、日々のやらされ感に目線もあがらず、暗い表情の受講者がおられました。
この受講者が同じチームの仲間とワークをするうち次第に自分が本来やりたかった事を思い出していきました。そしてあらためて自分の組織の存在意義を意志をこめて決めた時の言葉です。「自分は今やりたい事が見えてきました。今までやらなければならないと思っていた組織の要請が、たった今「やりたい事」に変化した事に自分自身驚いています。まだまだやりたい事があった事に気づかせてもらい感謝しています」その受講者は晴れ晴れとした顔で帰っていきました。こんな瞬間がトレーナーとして最高の喜びです。

経歴
不動産デベロッパーに入社。住宅事業本部 営業推進課長。不動産管理会社で経営企画課長 人材開発課長。
独立して、 経営コンサルタント、キャリアコンサルタント (企業再建、事業計画、理念浸透、社員育成)。
その後、トレーナーとなり現在に至る。