国際経営研究の現場から 第2回 自分を何者と捉えるか?〜グローバル組織におけるアイデンティフィケーション〜

執筆者情報
組織行動研究所
客員研究員
吉川 克彦

冒頭から恐縮だが、次の状況について、しばし考えていただきたい。

「あなたは今、社外のとある会合に参加しており、周囲ではさまざまな参加者が、
 互いに自己紹介したり、雑談を交わしたりしています。
 あなたの座っているテーブルに、あなたと同じような年格好の
 ビジネスパーソンがやってきました。
 多少、雑談をしてみてもよいかと思ったあなたは、
 相手に話しかけようとしています。
 あなたは、自分についてどのように紹介しますか?」

名前を伝えるのは当然として、他に何を相手に伝えるだろうか。筆者の経験から考えると、多くの日本のビジネスパーソンは会社名を名乗ることが多いように思う。

「リクルートマネジメントソリューションズの吉川と申します」

これが、お互いに分かりやすく、無理のない挨拶ではないだろうか。先日、ロンドンでとある通信社が開催している、在英日本人同士の勉強会に参加したのだが、所は変わっても、私たちの行動は変わらない。名刺を交換し、まず会社名を伝え、その上で名字を名乗るのである。

もちろん、相手がいる以上、その場面のTPOに合わせて自己紹介の仕方は変わる。例えば、上記のようなさまざまな会社の初対面のビジネスパーソンが集まる場ではなく、社内のさまざまな部門から参加者が集まっている研修の場であれば、「○○事業部の吉川です」あるいは、「○年入社の吉川です」といった自己紹介が一般的かもしれない。

このように、私達は「私は何者か」という問いに対して、状況に応じてさまざまな定義づけをして答える。そして、心のなかでも複数の対象への帰属を感じている。これが、組織へのアイデンティフィケーション(identification)という概念が取り扱う領域である。


アイデンティフィケーション

「アイデンティフィケーション」とは、「ある集団(役割)に対して個人がもつ帰属意識」と、「その集団(役割)への帰属について、個人がもっている感情や、見いだしている価値」の大きく2つの要素からなる。

・私は○○株式会社の一員だ
・私はそのことに愛着を感じている
・○○に属していることは、私にとって大事なことだ

というように個人が感じている状態を「組織(=○○会社)へのアイデンティフィケーション」とみなすのである。

もちろん、個人のなかには、さまざまな対象へのアイデンティフィケーションが同時に存在する。「○○株式会社の一員」であり、「母親」であり、「システムエンジニア」でもある、といった具合だ。人は、「組織」のような「集団」にアイデンティフィケーションする場合もあれば、「母親」や「システムエンジニア」のような、社会での「役割」にアイデンティフィケーションする場合もある。

Ashforth, Harrison, and Corley(2008)は、研究者によってアイデンティフィケーションの定義はさまざまに異なる、と指摘している。研究者によっては、集団(役割)の価値観や目標、信念に共感していること、さらには、集団(役割)の典型的な行動をしているといったことまで、アイデンティフィケーションの定義に含めている場合があるようだ。しかし、Ashforthらは、あくまでも「帰属意識」と「集団(役割)への帰属について個人がもつ感情や価値」がアイデンティフィケーションの中核であり、価値観や目標、信念、行動といった要素は、それらに伴う付随的なものだ、と整理している(図表01参照)。

図表01 アイデンティフィケーションの多様な概念範囲

出典:Ashforth, Harrison, and Corley (2008), p.330 を基に筆者翻訳

なぜ、アイデンティフィケーションが重要なのか?

アイデンティティの研究の基盤となっている理論の1つ、Social Identity Theoryでは、人間には自分に対して肯定的に感じたいという欲求があり、集団に属することを通じて得られる自尊感情がアイデンティフィケーションの基盤となっている、と考える(Tajfel, 1978)。このことは、自分の出身地についての良いニュースが出ると、何となく良い気分がする、といったことを考えるとよく分かる。自分を無意識にその地域の一員として関連づけ、その地域の良いニュースは、(その地域の一員である)自分にとってもプラスである、というふうに感じるのである。逆に、自分が属する会社について悪く語る記事を見るとむっとしてしまう、というのも同じようなことだ。さらに言えば、人間には、誰しも、何かに帰属したいという普遍的な欲求がある(Baumeister & Leary, 1995)。誰しも、誰かとつながっていたい、よりどころを感じていたいのだ。このように、アイデンティフィケーションは個人の根源的な部分に関わるものだ。

それが故か、前述のAshforthらのレビューによれば、アイデンティフィケーションは非常に多くのポジティブな組織行動と関連していることが明らかになっている。例えば、組織へのアイデンティフィケーションは、職場における協同、成果に向けた努力、組織活動への参加、組織の利益を優先した意思決定、情報共有などを高めることが分かっている。これらはいずれも、「組織の一員」として自己を認識し、「組織にとっての利益になることが自分にとってもプラスである」と感じることに関わっている。それ故に、組織の利益を考え、その為になる行動を積極的にとりやすい、ということだ。また、これ以外にも、職務満足度やリテンションにもポジティブな影響があることが分かっている。

一方で、組織へのアイデンティフィケーションのネガティブな影響としては、R&D部門における創造性の低下や、失敗しつつあるプロジェクトへの執着、組織変革への抵抗などと関連があることが分かっている。組織に愛着をもつが故に、現状を否定したり、大きく変えていくことに心理的な抵抗が生まれたりしやすい、ということだろう。強い組織文化(strong culture)をもち、皆が価値観や判断基準を共有していることは組織の強みとなるが、その共有度の高さがむしろ変革を阻害することがある(Welch & Welch, 2006)ということと、共通する点があるようだ。

バーナード(1938)によれば、組織の根幹をなすのは組織目的、協同意識、そしてコミュニケーションである。そして、前述のとおり、アイデンティフィケーションは組織目的を個人が自分のものとし、協同意識をもつことに関わっている。ネガティブな影響もあるとはいえ、従業員からのアイデンティフィケーションは組織にとって重要な資産である、といえるだろう。

グローバル組織におけるアイデンティフィケーション

さて、いよいよ本稿の本題である、グローバル組織におけるアイデンティフィケーションの問題について考えてみたい。ここで特に重要なのは、「個人は複数の対象に対してアイデンティフィケーションしうる」ということだ。例えば、日本企業A社の上海拠点の、人事部門で働く従業員は「A社のグローバル組織全体」や「上海拠点」の一員であると自己を捉えているだけでなく、おそらく「中国人」あるいは「上海人」の一員である、と自分を認識しているだろう(中国では、国土が広いからか、地元意識が強い。さらに、上海は中国のなかでも経済発展や海外への玄関口であることなど、特別な存在であるため、出身地として誇りや愛着を抱きやすいようだ)。また、もしかすると「人事プロフェッショナルの一人」というふうに自らのアイデンティティを見いだしている可能性もある(労働市場において、同じ職業のなかで転職が行われる傾向が強いため、特定分野の専門家であることの意味が、日本よりもかなり大きい)。

このことは、組織運営上どんな意味があるだろうか?

まずは、「現地法人」と「国や地域」「職業」へのアイデンティフィケーションについて考えてみたい。現地法人へのアイデンティフィケーションよりも後二者へのアイデンティフィケーションが強いことによって、組織にとっては悩ましいことがいくつか起きそうだ。例えば、中国人としての自身を強く意識している人材の場合、日中関係に問題が生じると、拠点に対する行動に影響があるかもしれない。また、地域や職業に強くアイデンティフィケーションしている場合は、多拠点への地域を越えた異動や、部門間のローテーションに難色を示すことが考えられる。これらは、実際に中国の日本企業の拠点で耳にする現象である。また、前述のとおり、相対的に組織へのアイデンティフィケーションが弱い、ということは、組織の利益を考えた行動や周囲に貢献するような行動をあまりとらず、組織の観点で見ると自分勝手な行動をとりがちになる、という可能性もある。逆に、ポジティブに捉えると、現地の社会に対して事業が与える影響を敏感に感じたり、プロフェッショナルとしての規範をもち、自らの専門性の開発に努めたり、といった行動が強く現れるかもしれない。

では、現地法人へのアイデンティフィケーションに影響を与える要素には、どのようなものがあるのだろうか? 冒頭で述べたとおり、組織に帰属することで自尊感情が高まることは、1つの重要なポイントだ。例えば、その企業がグローバルに見て、あるいは現地の市場において先進的な商品、サービスを提供している、あるいは、ブランドとして広く認知されている、といったことはおそらくポジティブに働くだろう。

もう少し人事的な観点では、現地法人の人員構成も影響がありそうである。Reiche(2007)やColakoglu, Tarique, and Caligiuri(2009)は、本稿の第1回で議論した「現地法人の幹部ポジションに誰を据えるのか」ということと、「現地人材の拠点へのアイデンティフィケーション」を関連づけて議論している。彼らによれば、本社からの赴任者や他の拠点の人材を幹部ポジションに多く配置した場合、現地人材の現地拠点へのアイデンティフィケーションが低下し、結果的に現地人材のモチベーションや離職率にネガティブな影響を及ぼす可能性がある、ということだ。単純化して言えば、「自分達(=自国人)」とは違う人達がたくさんいる、あるいは重要な役割を担っている組織には帰属意識をもちにくい、という理屈である(残念ながら、この仮説を実証した研究は、筆者の調べた限りでは見つからなかった)。

もちろん、拠点の人員構成だけが要因だというわけではない。例えば、RMSmessage Vol.30で紹介されているNTTデータの組織開発施策の取り組みは好事例といえるだろう。社内活性化のためのイベントに積極的に投資することで、中国人従業員の組織へのアイデンティフィケーションを高めている、と考えられるからだ。組織の多くの人が集まり、共に何かに取り組む場を提供することは、組織の一員としての帰属意識や、そのことへのポジティブな感情を喚起する。

また、弊社組織行動研究所が、2012年に日米欧の多国籍企業の中国法人に対して行った調査(「中国における多国籍企業の人材マネジメント調査2013」)では、意思決定への現地従業員の参加を促すような施策(クロスファンクショナルチームや改善活動など)が、リテンションや業績などと関連があるということが示唆された。このことは、「拠点の一員として意思決定に関わり、自分の行動や判断が組織に影響した」という経験が、アイデンティフィケーションを高めるということを示唆しているのかもしれない。

ここで考えておきたいことは、海外の現地法人において現地従業員にアイデンティフィケーションを促すためには、おそらく日本国内以上に、意図的に取り組んでいく必要がある、ということだ。日本は、ご存じのとおり、企業間の人材流動性が限られており、多くの人が1つの企業で長く働くことを前提と考えている。そして、周囲にいるのは日本人で、同じようなキャリアを歩む人たちが中心だ。そう考えれば、日本は、組織にアイデンティフィケーションする土台がそろっているといってもよい。それに対して、海外拠点がある国や地域の殆どでは、日本よりもかなり労働流動性が高い。そして、(日本人と現地従業員の間の)文化や国籍の壁が社内に存在するのだ。さらに言えば、日本で大手企業としてよく知られている企業でも、現地ではさほど知られていない、といったことは多い。それ故に、自然とアイデンティフィケーションしてくれる、ということは、あまり想像しにくい。

次に、もう1つ大きなレベルで、「グローバル組織全体」と「拠点」へのアイデンティフィケーションについて考えてみよう。これは、日本国内における、「全社」と「事業部門」になぞらえてみると分かりやすい。個人が全社よりも事業部門に強くアイデンティフィケーションしているときにはどんなことが懸念されるだろうか?

それは、全体最適の阻害である。事業部門の利益を大切にするあまり、全社の戦略に合致しない施策を推進してしまう、あるいは、事業部門内に優秀な人材を抱え込み、将来を見据えた全社的な人材育成を阻害する、といったこともあるだろう。また、他の事業部門をライバル視し、協同が進まない、といったことも考えられる。

海外拠点と本社、海外拠点間ではどうだろうか。Reade(2001) は、英国企業のインドおよびパキスタン拠点で実証研究を行い、現地の従業員が「グローバルでの企業全体」と「自分が属する拠点」を別々の対象としてアイデンティフィケーションしていること、総じて自分が属する拠点により強くアイデンティフィケーションする傾向があることを示している。身近な組織の方が、一員であると感じる機会が多い、ということだろう。このことは、上述した全社-事業部のような問題が、本社-拠点の間でも起こりうる、ということを示唆している。現地の人材が、グローバルの組織全体よりも、拠点の利害を大事に考えてしまう、ということだ。

第1回で議論したように、本社からの駐在員が拠点の幹部として、本社と現地法人の間や、現地法人同士の間の調整を担っている限りは、現地のミドルマネジャーがこうした姿勢を示しても、大きな問題にはなりにくいだろう。しかし、彼らを幹部として登用しようとすると、こうした姿勢は障害となる。

この問題を解決する上では、その人材に「あなたはグローバル組織の一員なのである」というメッセージを送るとともに、そのことを自身の経験として感じられる場を提供していく必要があるだろう。Readeによれば、拠点がグローバルでの戦略構築および実行のプロセスに関わっている場合の方が、決まった戦略を実行するだけの立場の拠点と比べ、現地マネジャーたちの全社へのアイデンティフィケーションの度合いが高かった、ということだ。グローバルレベルでの意思決定の過程に多少なりとも関わった、ということがアイデンティフィケーションを強めるということだろう。先程述べた、拠点の意思決定に参加することが拠点へのアイデンティフィケーションを高めるのではないか、という考察と、共通の構造である。

アイデンティフィケーションと人事の役割

さて、ここで改めて考えてみてほしい。皆さんの企業の海外拠点で働く現地の従業員は、自分と組織の関係をどのように認識しているだろうか?

・私は○○という日本を本拠にしたグローバル企業の一員である
 (あるいは、その企業の○○拠点の一員である)
・私はそのことに喜びを感じている
・私にとって、○○の一員であることは大切なことだ

このように語ってくれる現地の従業員がどれくらい存在するだろうか? そして、意図的にそうした認識を促すための取り組みは、どれくらい各地で行われているだろうか? 現地法人の幹部は、こうしたことの重要性を感じて、何らかの行動を取っているだろうか? そして、人事は?

前半で議論したとおり、アイデンティフィケーションは、一人ひとりが個人の利害を超えて、組織のゴールや互いの為に行動する上での礎になる。前述のとおり、組織にとっての資産といってよい。では、どうやって現地法人においてアイデンティフィケーションを促していけばよいのだろうか。

前回紹介したようなGeocentric(世界指向)アプローチを採用し、世界中から国籍にかかわらず配置や登用を行うことも1つの方法かもしれない。すべての人材に活躍する機会を提供している、という分かりやすいメッセージになるからだ。しかし、前回議論した通り、日本企業がそうしたアプローチを取ることは、文化的、制度的な面から考えると、コストがかなり高い。

残念ながら、現時点では確たる答えを示すことはできない。ただ、1つの方向性は、文中でも述べたとおり、組織開発かもしれない。現地の従業員が互いに場を共有し、組織の一員であることを自覚し、そのことにポジティブな感情をもてるような機会を提供していく、ということだ。

ただし、残念なことに、組織行動研究所が行った中国での調査では、日本企業はアメリカ企業に比べ、そうした施策をあまり活発に行っていないということが示されている。

もしかすると、日本ではアイデンティフィケーションを促しやすいが故に、そうした施策の必要性が認識されにくい、ということかもしれない。翻って考えると、欧米企業と比べて、日本企業では、組織開発を専門に担う人事の部門があることも少ない。

そのせいか、グローバル人事においても、組織開発よりもまず、サクセッションプランニングや、グローバル共通の基準に基づく人材データベースなど、各種制度、システムが議論されることが多い。もちろん、それらは重要なテーマである。しかし、アイデンティフィケーションの組織にとっての本質的な重要性と、海外現地法人におけるアイデンティフィケーション促進の難しさを鑑みると、現地従業員や将来の幹部候補のアイデンティフィケーションをどのように促していくのか、海外拠点や拠点横断で組織開発をどのように展開していくのか、といったテーマも、アジェンダに組み込む価値があるのではないか、と筆者は考える。


<参考文献>
Ashforth, B. E., Harrison, S. H., & Corley, K. G. 2008. Identification in Organizations: An Examination of Four Fundamental Questions. Journal of Management, 34(3): 325-74.

Baumeister, R. F. & Leary, M. R. 1995. THE NEED TO BELONG - DESIRE FOR INTERPERSONAL ATTACHMENTS AS A FUNDAMENTAL HUMAN-MOTIVATION. Psychological Bulletin, 117(3): 497-529.

Colakoglu, S., Tarique, I., & Caligiuri, P. 2009. Towards a conceptual framework for the relationship between subsidiary staffing strategy and subsidiary performance. International Journal of Human Resource Management, 20(6): 1291-308.

Reade, C. 2001. Dual identification in multinational corporations: local managers and their psychological attachment to the subsidiary versus the global organization. International Journal of Human Resource Management, 12(3): 405-24.

Reiche, B. S. 2007. The effect of international staffing practices on subsidiary staff retention in multinational corporations. International Journal of Human Resource Management, 18(4): 523-36.

Tajfel, H. 1978. Social categorization, social identity and social comparison. In Tajfel, Henri, (Ed.), Differentiation between social groups: Studies in the social psychology of intergroup relations. London: Academic Press.

Welch, D. E. & Welch, L. S. 2006. Commitment for hire? The viability of corporate culture as a MNC control mechanism. International Business Review, 15(1): 14-28.

チェスター・バーナード. 1968. 経営者の役割. ダイヤモンド社.

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