人事の苦悩や葛藤について考察 「結局、人事は何をしてくれるの?」

執筆者情報
ソリューション推進部
コンサルタント
坪谷 邦生

今回のコンサルタントコラムは、企業の人事でのキャリアを経て、弊社コンサルタントになった坪谷が担当します。
現場と経営との板挟みに会い、それをどのように乗り越えたのか。
過去の自分自身の経験と、現在のコンサルタントとしての経験の両面から、人事の苦悩や葛藤について考察します。


何もわかっていない人事だった

10年前、私は従業員100名のIT企業で、人事チームのリーダーを務めていた。チームのメンバーはわずか3名。採用、研修、日々のルーチン業務をこなすだけでも一苦労である。そして何よりも、突然降ってくる社長からの要望を打ち返すのが大変だった。「うちのビジョンを作り直そう」「評価の仕組みを見直してくれ」「次の採用は他社と全然違うことをやりたい」…。

日々の業務に追われている人事チームには、そんなハイレベルな問題に取り組む余裕はなかった。それに社長からの要望は、現場の状態とかけ離れているようにも感じられた。無理のあるプロジェクト、厳しい納期、疲弊しきった課長、倒れていく優秀なSE、現場に馴染めない若手社員 …これらの状況を改善することこそ、最優先事項なのではないか。

ある日、社長に若手社員の育成について提案する機会があり、現場に適応できていない社員をどう救うのか、私なりに考えた施策を説明した。

「現場の状況を考えると、すぐにでも手をつけるべきだと思うんです」

社長は最後まで黙って聞いた後に、こうおっしゃった。

「……全然違う。お前は何にも分かっていない。それはほんの一部でしかない」

その言葉の意味がまったく分からなかった。「社長が現場をご存じないだけじゃないですか!」という言葉を飲み込んで席を立った。

それから間もなくして、若手社員が1名退職することになった。
私が人事になりたての頃に採用し、育成にも深く関わっていた女性だ。最後の挨拶に来てくれた彼女は、体調を崩してすっかり痩せてしまっていた。入社した頃はあんなに元気だったのに。青い顔をして目を合わさず頭を下げる彼女に、私はかける言葉がなかった。

「結局、人事は、坪谷さんは何をしてくれたんですか?」

彼女はそんなことは言わなかったが、私はそう突きつけられたように感じた。

日々の業務と社長の要求に振り回され、必死に考えた提案は全然違うと否定され、何もできないでいるうちに、大事な社員が辞めていく……。

いったい、自分は何をやっているのだろう。

どうすれば、社長に話が通じるのか

現場の問題をつかんでいた私たち人事は、きっと間違っていなかったはずだ。しかし、それを施策に落として実行できないなら何の意味もない。その日から、どうすれば社長に話が通じるのかを考えるようになった。人事として正しいことを考えているなら、経営に正しく伝える義務がある、と感じたのだ。
「何も分かってない」と怒られたのは何故だろう、と考えているうちに、正しく伝えるために必要なのは「言葉」ではないか、と思い至った。私の使っている言葉と、社長たちの使っている言葉は違う気がする。「ビジョン」「戦略」「マネジメント」といった社長がよく口にしている言葉を、正しく理解するところから始めてみよう。そのために中小企業診断士という経営コンサルタントの資格を、1年間かけて取得した。

次に、診断士として学んだ知識を使って、社長の要求を、図に描いて理解することにした。どの領域のことを話しているのか、共通の図を見ながら社長と議論する。そうすると、どの話もすべてビジョンと戦略に最終的には結びついていることが分かってきた。さらに、社長は現場の状況を無視していたのではない、ということにも気が付いた。その図の中では、現場の活躍がすべての起点となっていたからだ。
「これが社長の見ている世界、社長の視界だったのか!」

社長の視界で議論することにも慣れ、人事チームから施策を提案するときも、必ずビジョンと戦略に紐付けて、関連性を示して伝えられるようになった頃、社長から経営戦略会議に呼ばれた。
「これからは、人事の坪谷も議論に参加してもらう」
はじめはその意味がよく分からなかったが、それは「経営層と一緒に考える場を与える」という社長から人事への最大の支援だった。


それから4年後の2008年、私はリクルートマネジメントソリューションズで、人事領域のコンサルタントとなった。今でも、あのときに社長から教えていただいたことが私のベースになっている。

人事の意志が経営に届いた瞬間

2012年7月、弊社において日本の中小企業の人事400名に向けて無記名アンケートと6名の匿名インタビューを実施した。「従業員意識調査」という人事がよく使うツールは、何のために実施されているのか、を知るためだ。
その回答の多くは「以前からやっているから」「経営層の要求」「他社がやっているから」というものであった。インタビューで深く聞いても「人事である自分自身が必要だと思うから実施している」という答えは、ごくわずかだった。

私は自分の経験を振り返って、そのように答えた人事の方々の気持ちがよく分かる。
きっと人事の仕事というのは、自分の意志で物事を進めることが難しいのだ。

では人事の意志が通り、経営が動くのはどのようなときなのだろうか。私のクライアントでの事例をご紹介したい。

従業員150名のサービス企業の人事から「経営層に従業員と向き合ってほしい」と相談を受けた。その企業では新しいビジョンを社長が策定し、数ヵ月前に社内報で公開したばかりだった。しかし、人事の感覚では誰も共感しておらず、むしろ従業員の気持ちが離れていっているように感じる、というのだ。
実際に経営層にお会いしてお話を伺うと、「何度も話をしているのだから、従業員にも十分伝わっているはず」「共感を得られていると思っている」とのことだった。社長と人事と相談の上、従業員意識調査を行うことにした。アンケート形式で新しいビジョンの浸透状況を「理解」「共感」「具体化」「行動」に分けて把握する。

その結果、ビジョンを理解している従業員はわずか30%。共感している従業員はなんと10%程度だった。具体的な行動レベルまで噛み砕いて捉えている従業員は、ほとんど存在しない。社長の考えた新ビジョンはまったく浸透していない、と言える厳しい結果であった。

報告会の場を持ち、なぜその結果になってしまったのか、役員6名と人事、そして私たちで議論を進めた。どうやら「経営層が従業員の状況を見ようとしていない」「上司が新ビジョンについて具体的な話をしない」と従業員が感じていることが、理解が進まない原因であることが分かってきた。

「……みんなの気持ちがよくわかりました」

社長はショックを受けた様子だったが、事実を正面から受け止めてくださった。そして状況を改善する施策を実行する決意をされた。人事の提案によって、社長が全従業員と1対1の面談を実施することになった。また、管理職に対する施策も人事に一任することが決まった。

3時間の議論が終わった後、社長はホッとした顔で「厳しい結果だったが、伝えてもらえて良かった。もっとこういう場を持たないといけないですね」とおっしゃった。帰りにエレベーターまで送っていただいたとき、人事のご担当者は「おかげで自分たちの思いが伝わりました」と深く頭を下げられた。

従業員意識調査について、弊社の創業者(大沢武志)は「経営者の意識改革のためのツールである。裸の王様にならないためにも、組織の健康状態を知ることが必要だ」と位置付けていた。
私は、その考えをさらに一歩進めたい。つまり「経営と人事が同じ視界で話をするためのツール」として有効だと思うのだ。「従業員はこう考えている」という事実を元に、調査の枠組みという「共通の視界」で議論をすることから、「従業員の意識」と「人事の意志」と「経営の視界」とをつなぐツールになり得る、と考えている。

応援したくなる理由

「このままでは、うちの会社は絶対にまずい」
「人事として、ここだけは譲れないんですよ」
「この施策はどうにかして経営からGOを取らなければ。どうすれば届くだろうか」
私が人事の方と仕事をさせていただく中で、「力になりたい」と心底思うのはこのような言葉を聞いたときだ。
人事の言葉に強い意志を感じると、私もより強い意志を持って応えたくなる。その意志を貫くことができるよう、応援したくなる。

そして、「意志ある人事を応援したい」と思うのは、経営層も同じだと想像する。
あのとき、なぜ社長は私を経営戦略会議に呼んでくれたのだろうか?
当時は自分の実力を認めてもらえたのだ、と単純に思っていたが、よく考えてみると1年勉強しただけの付け焼刃の知識では、きっと社長にとって満足なレベルではなかったはずだ。
社長は、「経営の視界」を使って、どうにか社長にわかるように伝えようとした私の姿勢を、そして現場を支えたいという「人事の意志」を、応援してくれたのではないだろうか。今振り返って、そう思う。

「従業員の意識」と「経営の視界」を知り、「人事の意志」を持って突き進む。そんな人事が増えると、日本の「個と組織」はもっと元気になるのではないか。
それを少しでも加速させることが「結局、人事は何をしてくれるんですか?」に対する、私なりの答えだ。
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